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ケルアックの散文テクニック【ことばのデザイナー訳】

ある本を読んでいたらジャック•ケルアック(Jack Kerouac)の散文の基礎というものを紹介していた。その本では4つだけをチョイスしていたが、調べてみると30個もある。「BELIEF & TECHNIQUE FOR MODERN PROSE」 というタイトルである。

放浪作家のケルアックの散文の基礎はなかなか読みづらいが、ネットに出回っている英訳があまりにもこなれていないので、自分で訳してみた。「文を書く人」のための文なので、それを強める意訳もいれた。

以下、ケルアックの原文とことばのデザイナー(ぼく)の拙訳である。

1. Scribbled secret notebooks, and wild typewritten pages, for yr own joy
創作ノートへの走り書き、忘れぬうちに打ち込んだ文、おのれの喜びのやどることば

解説:これは文を書くひとがよくやることであり、やらなくなったらもう文は書くなという警句でもある。

2. Submissive to everything, open, listening
あらゆることに素直になれ、心を開き、耳を傾けよ

3. Try never get drunk outside yr own house
自宅以外ではつねにしらふでいろ

ぼくからひとこと:文章を書きたいなら自宅でもしらふでいろ。

4. Be in love with yr life
生きているかぎり恋をせよ

5. Something that you feel will find its own form
感じたものはかたちをもちだす

6. Be crazy dumbsaint of the mind
こころを狂わせるほど崇高たれ

7. Blow as deep as you want to blow
腹の底からすっかり出しちまえ

ひとこと:これはたぶんエッチな含意がある。

8. Write what you want bottomless from bottom of the mind
こころの底の底の底から書きたいものを書け

9. The unspeakable visions of the individual
語れねども視えるという世界を書け

ひとこと:いってることはわかるが、ぼくの理解をBeyondしている。

10. No time for poetry but exactly what is
詩を吟じる時間はない、ありのままをありのままに

11. Visionary tics shivering in the chest
胸の震えで視える世界が揺れる

ひとこと:女の胸のことだろうか。

12. In tranced fixation dreaming upon object before you
きみの前にある夢にでるもの 我を忘れるほどのこだわり

13. Remove literary, grammatical and syntactical inhibition
文型の、文法の、そして構成のしばりを解き放て

14. Like Proust be an old teahead of time
プルーストのように失われた時を求めよ

解説:これはぼくの意訳だがおそらくまちがっていない。teaheadとはドラッグでいかれた頭という意味だが、それは「失われた時」ですから。

15. Telling the true story of the world in interior monolog
この世の普遍的な物語を一人称で語れ

ひとこと:至言。そのためにぼくも書く。

16. The jewel center of interest is the eye within the eye
至宝の題材はすでに見ているもののなかにあり

17. Write in recollection and amazement for yourself
追憶し驚嘆するために書け

18. Work from pithy middle eye out, swimming in language sea
ひたいの第三の目を光らせて、言語の海で泳げ

19. Accept loss forever
ボツを永遠に受け入れろ

ひとこと:lossとは「損失」と訳す人が多いが、真意はボツ文、つまり書き直しだろう。

20. Believe in the holy contour of life
人物アウトラインを描くことに精進せよ

解説:ひとを書くときは「アウトライン」つまり細部から書け、ということだろう。

21. Struggle to sketch the flow that already exists intact in mind
すでに存在する流れを、初めて流れ出るように描くべく格闘せよ

22. Dont think of words when you stop but to see picture better
書けなくなったときには言葉を考えずにもっとよく全体を見よ

23. Keep track of every day the date emblazoned in yr morning
早朝に踊りまくって書いた文の日付をたどれ

解説:朝イチ(または早朝)に書く文は、朝日という忘我の光で修飾されている。恥ずかしくなる。だがそれをたどることは自分をたどることでもある。

24. No fear or shame in the dignity of yr experience, language & knowledge
自分の経験、言葉、知識に誇りをもち、恐れたり恥いることはない

25. Write for the world to read and see yr exact pictures of it
きみが見た映像を世界のひとが読み、見れるように書きなさい

解説:普遍化、すなわち「だれもが読める化」ということだろう。

26. Bookmovie is the movie in words, the visual American form
「ブックムービー」とはことばの映画、アメリカ製ビジュアル

解説:ケルアックが追求した描写のことだろう。

27. In praise of Character in the Bleak inhuman Loneliness
冷たい非人間的な孤独にうちひしがれる登場人物をたたえて

28. Composing wild, undisciplined, pure, coming in from under, crazier the better
野生的で、野卑で、純粋で、下層階級出身で、よく言えばキチガイで構成されているおれ

29. You're a Genius all the time
絶対に書ける、天才ですから!

ひとこと:桜木花道のセリフをもらった。

30. Writer-Director of Earthly movies Sponsored & Angeled in Heaven
天の憐みと天使の御加護を授かる地上の人間ドラマの脚本家兼監督たれ

自分の大事な4つをあげるとすれば、「4」「19」「22」「29」かな。

なんといっても書くことは恋に似ている

それは衝動から始まる。それは憑かれたように始まる。相手のことがよくわからないまま始まる。相手を知ろうとすると、不思議なことに自分を知ろうとしだす。自分を知れば知るほど絶望する。こんなおれでは無理だと。やはり書けないのかと。だがあの瞬間があったじゃないか。あれを書けばいいのだ。やがて不思議に相手とつながってくる。空の上でつながってくる。もはや自分のあほうづらは見えない。もはや書いていることは評価できない。もはやすべてがボツになることもいとわない。

たったのひとこと、ただの一行がおりてくれば。

恋するとは書く力だ。ぼくはそう信じている。

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