悪役ドラコ・マルフォイがくれた31分間で私の人生は変わった。
人生のターニングポイントはどこか、と聞かれたら、私は12歳の冬のあの日を思い出す。
あれは、いわゆる一目惚れだったのだと思う。
箒にまたがり、ハリー・ポッターに向かって苦しまぎれの悪態をつくドラコ・マルフォイの姿に、なぜか私は心を奪われていた。
そして彼への憧れが、その後の私の人生を大きく変えることになった。
ドラコ・マルフォイは31分間しか、映っていなかっただと…!?
なぜ、突然こんな話をぶり返したかというと、先日とあるニュースを見たから。映画版「ハリー・ポッター」で、ドラコ・マルフォイの出演時間はシリーズを通してたった31分しかなかったらしい。
正直、メインキャラではないドラコの出演時間として、31分が多いのか少ないのかというと微妙なところだと思うのだけど、彼が私の人生に与えた影響から考えると、それはあまりにも衝撃的な数字だった。
と、ドラマティックに紹介をしているものの、この後に劇的な人生大逆転的なエピソードが出てくるわけではないことは、先に断っておきたい。
私は彼と運命的な出会いを果たして結婚する予定なんてないし、そもそも会ったことも、生で見たことすらない。
それでも、あの日感じた憧れに突き動かされ、小さなきっかけを追い続けた結果、私自身の人生が大きく変わったことは間違いない。
小さな繋がりを探しもとめたフェーズ
実は、映画館でスクリーンの中のドラコ・マルフォイに一目惚れしたものの、最初はその役を演じている俳優さんの名前すら分からなかった。
映画「ハリーポッター」シリーズといえば、主役はハリー、ロン、ハーマイオニーの3人。映画のチラシを見ても、本屋で雑誌「SCREEN」を立ち読みしてみても、肝心のドラコを演じている俳優の名前はどこにも載っていなかった。
当時は小学生。映画のエンドロールは英語で読めなかった。
自宅のパソコンはインターネットにつながっていたけれど、家族や周囲にパソコンが得意な人は誰もおらず、検索の仕組みもよく分からないまま、とりあえず手当たり次第に自分で探してみるしかなかった。
今ほど検索システムも正確ではない中、何度ページ送りをしたことだろう。
そして、ようやく見つけた。
ドラコ・マルフォイを演じている俳優の名前は「トム・フェルトン(Tom Felton)」というらしい。
(※画像引用:Wikipedia「トム・フェルトン」)
きっかけの連鎖がはじまった
そして、彼の名前を教えてくれたウェブサイトで、思いもよらない収穫があった。「ファンレター」という選択肢を知ったのだ。
ハリーポッターに出演する俳優の情報を集めたそのウェブサイトでは、各俳優のファンレターの送り先や、実際に返事が来た方の情報を掲載していた。
※私がファンレター情報を入手したウェブサイトは「ポッターマニア」というサイトです。久しぶりに検索してみたら、まだあった。嬉しい!
「えぇぇ!?名前を知りたいと思ってただけだけど、ファンレター送れるの?海外のムービースターに!??」
まさかの情報に嬉々として私はファンレターを書くことを決めたが、ここでまた壁にぶち当たった。相手はイギリス人なので、手紙は英語で書かなければいけないが私は英語は書けないし読めない。
どうしたもんかと悩んでいた私はそこで、翻訳サイトの存在を知った。日本語を入力すると、そのまま英語に書き換えてくれるらしい。
当時の翻訳サイトの精度はかなり低かったはずだが、合っているのか間違っているのかも分からない私は、そこに表示されたアルファベットの羅列を、手紙にしたためた。
それから、郵便局に行って国際郵便の出し方や、返信用の切手のことを教えてもらい、彼が好きだという赤色の封筒で手紙を出した。
必要な情報は全部自分で調べたし、必要な材料も全部自分で揃えた。誰かに聞いても答えを知っているとは思えなかったからだ。
手紙を出して数ヶ月、「もしかしたら返事が来ているかも?」とポストを覗くのがすっかり習慣になってしまっていた。
・・・
・・・
返事は来なかった。
そもそも私が送った手紙は文章にすらなっていなかっただろうし、ファンレターを出したからといって返事なんてそう来るものじゃない。そもそもサイトに書いてあった住所だって合ってるかどうか…
小さなちいさな可能性に賭けるフェーズ
少女・但馬はそこであきらめなかった。
何か起こることを本気で期待していたわけではないが、自分の目の前に生まれた、蚊ほどの小さな可能性の光を失いたくなかったのだと思う。
その後も1年に1回ほどのペースで手紙を出し続けた。
封筒の種類を変えてみたり、宛先をオフィスからスタジオに変えてみたりしながら…。
手紙を自分の言葉で書くために英語も勉強した。
そして中学3年生の秋、その日は突然やってきた。初めてファンレターを出してから約4年後のことだ。
学校から帰ると、ポストの中に1通の封筒が入っていた。「BY AIR MAIL」という青いシールが貼ってある。宛先は私の名前。
震える手で封を開けると、それは、ドラコ・マルフォイ役を演じるトム・フェルトン氏からの、ファンレターの返信だった。
プリントアウトされた手紙(実際にはニュースレターらしい)で、直接的な返信とは違うけれど、私が送ったものに対して、レスポンスがあったという事実だけでも、とんでもないことだった。
実際に届いた手紙。15年前のものだけれど、入っていた封筒も全て保存してある。
憧れの人は、違う世界の人ではなかった
私はこの手紙を受け取った時、憧れの人から返信があって嬉しいという感情はもちろん、それとは別の大きな気づきに驚いていた。
「世界は繋がっている。
雲の上の人、自分には手の届かない人だと思っていた人も同じ世界に住んでいて、英語という共通項があるだけで、繋がれる可能性がある。」
手が届く存在、というと語弊があるかもしれないが、異国のムービースターだって決して違う世界の人ではなく、クモの糸ほどの薄く細い糸かもしれないが、日本に住む、しがない女子中学生と繋がっているのだ、と強烈に実感したのだった。
その後も数回、ファンレターを出したが、それきり返信をもらえることはなかった。
しかし、このたった1回でも私の価値観を変えるには十分だった。
英語という言語を知るだけで、世界の人と繋がる可能性が持てるということに気づいた私は、それからは英語をめちゃくちゃ勉強した。
高校生のときには、「ハリーポッターと賢者の石」を丸ごと1冊翻訳した。おかげで英語の成績が急上昇し、それがきっかけで京都大学に入ることもできた。
どんなにすごい人でも、「自分とは違う」と壁を作ってただ眺めることはしなくなった。小さくても、かすかでも、可能性はゼロじゃない。
まずはぶつかっていくこと。壁があったとしても一つひとつクリアしていけば、その先には予想もしていなかったことが起こり得る。
私は何の知名度も影響度もない、ただの町人Aかもしれないけど、だからって「できない」わけではなくて、すごい人たちとは全く違う世界で生きているわけでもなくて、自分の行動次第で何か変わるんじゃないか?
たった1通のニュースレターをきっかけに、私はそんなポジティブな人生観を手に入れることができた。
私と、トム・フェルトン氏の間に劇的な出会いは生まれていない。劇的どころか、まだ出会ってもいない。
しかし、彼に憧れて、
・名前を調べるために本屋を回り
・使い方もよく分からないままパソコンで検索しまくり
・分からないなりに翻訳サイトを活用し
・国際郵便の出し方を調べ
・手紙を書き
・英語を勉強して
・また手紙を書き
・・・と行動する過程で私が学び、得たものは全て今の私の礎になっているような気がしてならないのだ。
彼がスクリーンに映った、たった31分をきっかけに、私の人生は変わった。
もちろん、彼はそんなことは露ほども知るはずがないし、演じているときに「自分の演技を通じて、ファンが前向きに生きるきっかけにしてもらおう」なんてことも考えてはないかもしれない。
それでも人は知らず知らずのうちに、小さなきっかけで影響し合いながら生きている。ネットニュースの記事は、15年ぶりに私にそんなことを思い出させてくれたのだった。
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