私記8
眠れない。眠れないと自分の存在そのものが罪悪のように思われてくる。矢内原伊作は「実存とは深夜目覚めていることである」といったがそれならば実存は罪悪のかたちのバリエーションなのだろうか。
たくさん泣いたあとのひとの夕やけのようなまぶたがすきだ。たくさん泣いている人は目の前にいてもそこにはいない。どこかで静かに湧いている泉のそばでだまっているから透明になる。夕やけはさわれないからきれいだ。善悪も正義も健全か不健全かもその間の均衡に汲々とすることもほんとうはどうでもいい、どうでもいいと思える一瞬のためにとうでもよくないことにして生きているのを知っている。考えることも想像することも必要だというのは誰にとってのことなのか。わかっている。つけてもいない仮面や鎧を脱ぐことはできない。すべてが大切と名付ける前にとっくに大切だった自分だ。なにもかもどうでもいいことなのに大切はその手を離してくれない。人を殺す夢ばかり見る。頭の中でさようならが反響しつづける。五時のチャイムが鳴るのに帰りかたがわからなくて、夕やけが夜に食われていくのを呆然とみている。
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