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「ある何気ない一日」

15年近くコスモテックで働かせて頂き、何度も思い出す 「 ある何気ない一日 」 の出来事に気がつきました。

もう何年前のことだか正確には覚えておりませんが、季節は秋から冬へと移り変わる頃のことでした。その時期、年末を控えて現場仕事が本当に忙しく、箔押しの匠 佐藤が連日会社に泊まり込むことがありました。ある日、自分の仕事を終えた僕は、何故か匠と一緒に会社に泊まることを選んだことがありました。

箔押しが、押しても押しても終わらず。
職人でない僕が会社に残ったところで生産性があがるわけでもないのに、何故だか匠と一緒にいたかったという理由で残った、あの日。

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僕は匠が黙々と箔押し加工する横で、慣れない手つきで紙を揃えたり、雑務をこなしていました。深夜をまわっても加工が終わらず、匠と僕は一旦仕事に区切りをつけて、近くのファミリーレストランで夜食を食べることに。

くたくたの体にかきこむように食べたラーメンが格別に美味しく感じ、不思議な興奮をおぼえたのでした。二人でさっさと食事を済ませ、また箔押しの現場に戻って作業を再開しました。

加工のゴールが見えた頃には既に午前3時頃。
いよいよ耐え切れない眠気に襲われ、どちらからともなく寝ることにしました。僕は小型箔押し機の前の冷たく固い床の上にそこら辺にあったダンボールを敷いて、さらに布団代わりのダンボールにくるまり目を閉じました。

広い工場で真っ暗闇の中、頭にまとわり付く冷気で床が氷のように冷え切っているのが分かりましたが、ひどく疲れていたことと、想像以上にダンボール布団が暖かかったせいであっという間に眠りに落ちました。

気がつけば朝。まだ暗い5時か6時頃。
耳もとでシュッコン、シュッコンと小気味いい音が響いていて、その音で目が覚めました。

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寝ぼけまなこを擦って周りを見渡すと、箔押しの匠がすでに加工を始めていました。ボサボサ頭の僕に気が付いた匠は 「 おはよう、青木。よく寝てたな。 」 といつものように、ニッと笑って見せたのでした。


この 「 何気ない一日 」 の出来事は、何故だか忘れることができません。

普通と言えば普通なのですが、あの夜のファミリーレストランのラーメンが格別に美味しく、ダンボール布団が思いのほか暖かかった… 身体や記憶に、その時の不思議な感動が深く刻み込まれているような気がして、ふとした瞬間に思い出します。

そして何よりも、寝ぼけまなこに映った見慣れたはずの匠の箔押しする姿が、なぜか特別かっこよく見えたのです。

あんなに連日ハードな日々だったのに、 匠は一切弱音を吐かず、疲れた顔も見せませんでした。お客様に迷惑がかからぬように、喜んで頂けるように、ということを第一としているように見えました。その信念を貫いた姿を目の当たりにしたことが、こんなにも僕の記憶に強く残っている理由なのだと思います。

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僕らが普段何気なく過ごしている一日。

その時はなんとなく通り過ぎた一日が、後から思い返すと 「 生きる 」 ことに大きな影響を与えることがあるなんて、不思議です。あの日の出来事が、今の僕に何かしら作用したことは確かです。それまでの自分にはなかったものが芽生えた瞬間でした。

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僕が見てきた箔押しの匠 佐藤の 「 働き方 」 や 「 仕事 対 自分 」 は、今の世の中の流れから見ればストイック過ぎて理解に苦しむ部分が数多くあります。

しかし、僕は匠と身近に接する中で、 「 何のために仕事をするのか 」「 何のために頑張るのか 」( そもそも匠は頑張っているという自覚もないでしょうが )ということを、匠の背中から感じ取ったのでした。

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