#24 SEDONA不思議体験ツアーの巻 前編
今でこそセドナは世界の中でも有数のパワースポットと言われていますが、私が旅をしていた頃のセドナは完全に世間からアウェーのニューエイジ達が集うインチキっぽい場所でした。いや、セドナは今も昔も変わらず素晴らしい場所なのです。ただ、当時はUFOとかサイコキネシスとかを信じすぎている傾向の人たちが集まっていたのです。街中にUFOのポスターも貼ってありましたしね。
これは、そんな頃のセドナでのスピリチュアル? 体験のお話です。
空は抜けるように青く、大きく、低く、真っ白な浮雲が彼方まで続いていた。すっかり雄々しいその姿を現したレッドロックが、モーテルの前にそびえている。私は昨日交わした、モーテルの酔っ払いおやじとの会話を思い出していた。
ねぇ、おじさん、街にはスピリチュアルな人達がいっぱいいるでしょう? そういう人達って、みんな本物なの? 人よりお金を欲しがる人達なんかじゃない?
「いいや、彼らはみんないい人だよ。彼らを恐れちゃいけない。人と違うからといって、恐れちゃいけないんだよ。怖くないんだから」
と言うわりには、おやじはやけにニヤニヤしていた。ごまかそうとして宿帳に目を落としたが、たまらずに吹き出した。
「ぷぷーーっ!こりゃいいっ!※Spiritual peopleだって!?こりゃいいっ!ああ、彼らは怖くないさ。ぶははは!」
※ 注釈)感応者という意味で言ったのだが、この言葉だと "洗礼によって神聖な魂を持った崇高な人々" とも取れてしまう。通常、キリスト教では霊的な能力を持つことに対して否定的なので、おじさんは吹き出してしまったのだった。
まぁ、商売上手な人達ばかりじゃないんだったらいいんだけどさ。そんなに笑わなくたっていいじゃない。ぷん。
私は車に乗り込むと、アメリカンインディアンの聖地回りのツアー事務所まで赴いた。昨晩、何軒か電話で問い合わせてみたのだが、ここが一番誠実な対応だったのだ。
道順は簡単ですよ、と言われていたけど、やはり迷ってしまった。小さな街なのにメイン道路を行ったり来たりだ。ああ、あと5分で約束の時間になっちゃうよ。途中の公衆電話から、道に迷ったのでちょっと遅れる旨を伝える。なんでも私は正反対の方向へ走っていたらしい。
電話でお話した人は、昨日の予約のときに電話で応対した人と同一人物のようだった。声からすると37歳、独身って感じだな。
ようやく見つけたツアーの事務所とは、ジャンボ宝くじの売店のような小さな建物のことだった。宝くじの売店ほどの箱家の中で、ネイティブアメリカンのおじさんが窮屈そうに座っている。どうやってその巨体を箱の中に入れたのだろう。いや、感心している場合じゃない。えーっと、今日のツアーの予約をしているnonです。
「ああ、君か。ちょっと迷ってしまったんだね。ちゃんと来れてよかった」
威厳のあるゆったりとした口調だが、温かい微笑みで迎えてくれた。うん、絶対に37歳の独身じゃないや。42歳、妻子ありだな。アメリカンインディアンの特徴でもある黒髪を伸ばし、後ろのところでひとつに結わいている。黒い瞳も、大きな鼻も、威厳があって包み込むように優しげだった。おじさんが後ろを見ろと、目配せした。振り向くと、カウボーイハットを被った中年の白人男性がにこやかに立っていた。
「今日のツアーのお客さんだね? はじめまして。僕はデイビット。今日の案内人を務めるんだ」
はじめまして。あ、他にもお客さんがいるんだ。駐車場にサファリパークを回るようなオープンジープが停まっていた。後部座席には、既に二人の白人のおばさんが座っていた。いやー、はじめまして。はい、日本からやってきました。ええ、ネイティブアメリカンの聖地に興味があって。
挨拶を交わすと、デイビットが私を指して、助手席へ座れと合図した。他にもお客さんが参加するらしい。モーテルへ寄りながら、他の客をピックアップする。客は全員女性だった。目的地へ向かう道すがら、デイビットが何か説明しているがエンジンの音にかき消されてよく聞こえない。真っ青な空と真っ白な雲と真っ赤なレッドロックを目指して、車が走る。顔に当たる風が気持ちいい。
今回のツアーでは、ネイティブアメリカンの聖地を目指す。ここで言う聖地とは、いわゆるストーンサークル、英語でSacred stone circleという。呪術やお祭りに使われていたと思われる聖なる場所だ。その他にも、セドナに生息する薬草などについても説明をしてくれる。アメリカンインディアンは、病気や怪我など、自然から得た知恵と力を借りて治療に当たってきた。彼らの植物に対する知識は奥が深く、いかに彼らが自然のリズムと調和しながら生きていたかが窺える。
ジープは、道端に生える雑草や土の上に落ちる松ボックリを見つけるたびに停まり、デイビットがその効能を説明してくれた。中には毒薬になるものもあり、それらは量次第で薬にもなるし毒にもなるという説明を受けた。デイビットの説明を受けながら、ジープはどんどん標高の高い場所へと上っていった。セドナの街が一望出来る高台を通りすぎて、もっと奥地へ進んでいった。ついにデイビットが車を停めたところは、なんてことのない雑木林と妙な形に突起する赤土、そして隠れ家のように建てられている小さな家が見える丘に到着した。下方から川のせせらぎが聞こえる。乾いた黄色い花が咲き、足元には大きなアリが隊列を組んでいた。それにしても、なんて紅い土なんだろう。
「なんで土が紅いかわかるかい? これはね、土の鉄分のせいなんだよ。鉄分の豊富に含まれるセドナの土は紅く、落雷を呼びやすいんだ。だから…」
デイビットは、だからこの地にはパワーがなんたらかんたらと言っていたが、後の言葉は耳に入らなかった。何? 鉄分? 落雷? 私の頭にブライスキャニオンでの恐怖が鮮やかに蘇った。ブライスキャニオンもセドナのような赤土の世界だった。私は雷雲を頭上に、鉄分のたっぷり含まれた大地に取り囲まれていたのだ。ああ、私は本当に危険だった。思ったよりもずっとずっと危険だったんだ。無事でよかった。生きててよかった。私はあらためて胸をなでおろした。
「さー、大きく息を吸って」
デイビットが皆を促す。胸いっぱいに新鮮な空気を吸い込む。体の隅々の細胞まで酸素が送られていくのがわかる。
「そして、この地のパワーを感じてください…。皆さんが見ているあの小屋。あれはこの辺りで一番パワーの強いところなのですよ」
ん? パワーを感じるー? いっちゃあなんだが、私はセドナに微塵もパワーを感じることがなかった。少なくとも、デイビットの言うこの場所では、なんらパワーを感じない。じりじりと肌を焼く太陽の光と、それをじりじりと照り返す赤土しかない。その光線は、陽炎のように静かで、そしてしないはずの音が聞こえてくるかのようだった。だけど、これはパワーじゃない。ここは、みんなが騒ぐようなパワースポットなんかじゃなくて、単なる磁場だ。昔から、私は電磁波に敏感だった。小さな頃は、隣の家のテレビのスイッチの入った瞬間がわかったもんだ。今だって、電磁波を出すもののそばへ行けば、それを感じる。あたしゃーエスパーなんかじゃないけど、スーパー自然児なんでぃ。(それとも耳が異様にいいのか?)
次にデイビットは国立公園まで車を走らせた。公園には大きな蟻塚がいくつもあったが、これらはデイビットの案内項目には含まれていなかった。私が蟻塚を熱心に観察している間に、デイビットは緑色の水が流れる川沿いへシートを敷いた。私は観察を諦めて、川で顔と手を洗った。川の水は、冷たくて気持ちがよかった。
準備が整ったようだった。皆、思い思いのポジションへ体を落ち着かせると、デイビットの声に耳を傾けた。私も慌ててシートの上に腰掛けた。
「古来からアメリカンインディアンがさまざまな自然を霊的なシンボルとし、そこからインスピレーションを得ることが出来ると信じられていたことは周知のことです。シンボルにはそれぞれ意味があります。これらのシンボルをカードにまとめ、今でも多くの占い師や感応者が、これらのシンボルから神の声、聖霊の声を聞いているのです。今回は、一枚ずつ皆さんにカードを引いてもらいます。そのとき出たシンボルが、皆さんの守護神であり、性質でもあるのです」
デイビットの手には、カードと手引書と思われるものが握られていた。皆がカードを引く。私も引く。風に揺れる木の葉の音や川のせせらぎが、私の思考を溶かしていった。デイビットの声が私の耳を滑っていく。あー、高校の時も、数学の時間はこんなふうに先生の声が耳を滑っていってたっけ。
「あなたのカードはなんでしたか?」
え? 私のカード? えっと、はいっ、白鳥ですっ。
おおっ…と皆がどよめいた。何? なんか特別なの? 何?
「なるほど…あなたのシンボルは白鳥。意味は、Grace(優雅もしくは人を惹きつける美点)です」
優雅さとは無縁のこの私に、なぜこんなカードが出るのかね? デイビットの説明は私の不可解な表情を無視して続いていく。
「白鳥は、雛のときは醜く、しかし時が来ると皮が剥けたように美しく生まれ変わります。しかし、その美しさや優雅さの下では、一生懸命に水をかいているわけですな」
ふむ。まるで私が見えないところで努力をしているように聞こえるじゃないか。それに、私が美しく生まれ変わるだって? あ・り・え・な・い・ね。
「そうね。彼女には目指す夢があるようだし、それに向けてちょうど生まれ変わったみたいに環境を変えたところなのよね? non?」
さきほどちょっと世間話をしたおばさんが、複雑な顔をしていた私に、解釈へのヒントを与えてくれた。なるほどー。そういう解釈の仕方もあるわけね。このおばさん、オクラホマ州からセドナへ来たって言うんだけど、私がアメリカ一周の旅に出ていると聞くと、それはそれは感心してくれた人なのだ。
「勇気があるわねぇ。すごいわねぇ」
繰り返し言ってたっけ。私はただやりたいことをやってるだけだから、すごいことをやっている気なんて全然しないんだけど、こうやってアメリカに住む人に "すごい "なんて言われちゃうと、なんだか戸惑っちゃうなぁ。とにかく、このおばさんからは善意しか感じられないのだ。
他の人はねずみのカードを引いたり、アライグマのカードを引いたり、さまざまだった。カードが出るたびに、デイビットが手引書を開いてその意味を説明する。不服そうな表情を浮かべる人もいたし、なんとなくデイビットの話に合わせてしまう人もいたし、デイビットの話をもっともらしい顔をして聞いているふりをする人もいた。
「この場所はね、やはりパワーの集まる場所なんだ。だから、みんなが引くカードも、自然と運命的なカードが出てしまうんだよ」
ふーん。ま、さっきよりはずっと生き生きした場所だわね。でも、パワーねぇ? 私はデイビットのパワーという話に懐疑的だった。
「さ、移動しましょう。今度はついに、ストーンサークルへ案内しますよ」
皆の顔が輝いた。私の顔も輝いただろう。ストーンサークル! そこへ入れば、自然と体が熱くなったり、見たこともないビジョンを見たりと、とにかく不思議体験が出来ちゃうミステリースポットだ! そこならデイビットの言う "パワー" っていうのも当然感じることが出来るだろう。
うきうきしながらジープに飛び乗った。
ストーンサークル…それは、アメリカ先住民の知恵が凝縮された、自然との調和を象徴した不思議な輪なのだ。ミステリー未体験のこの私でも、何かが起こるかな。
(つづく)
この日記を読み直して、今更わかったのですが、文中のカードとは ”オラクルカード” のことだったのだと思われます。当時はその存在も言葉も知りませんでした。Graceねぇ。どういう意味として解釈したら良かったのでしょう?
当時の私にはセドナの神秘よりも、ネイティブアメリカンの文化の方が興味の対象でした。彼らの存在も、信じるものも、取り巻く世界も、すべてが私にとっては神秘だったのです。
さて、次回はセドナの不思議体験ツアーの後編です。
お楽しみに!