にわか大道芸人
答えが出ないことを悩むのは時間の無駄だと気がついたのは、何歳の時だったかな。この頃は、答えが出ないなら考えなくちゃって思っていたのです。でも、答えが出ない時は、答えを知るタイミングではない場合もあると後に知るのです。あるいは、既に自分の中にある答えを見ないようにしていることも。最初から答えなんかない時もあります。全てのことについて白黒つけたがる私でしたが、今ではただパヤパヤしているだけの私になりました。
Kaikouraを後にした。
後は、Pictonで一晩過ごして、フェリーに乗る。Pictonでのバックパッカースは、ただ訪れる客が多いというだけの理由で、『Jaggle Rest Back Packers』に宿泊することにした。
アーティスティックな建物の中は、一輪者に乗る足が天井に飾られていたり、床にお手玉が転がっていたりする。そして何より、このバックパッカースで働くスタッフが、何やら常に二つの棒をくるくる回しながら天井高く投げて遊んでいるのだ。いや、遊んでいるというよりは、練習に近い光景だ。
外は小ぬか雨。すでに3時を過ぎてしまっているし、小さな港町のPictonを見て回るつもりはない。今は、モルガンから言われた言葉をゆっくりと考えたい。私はベッドに腰かけて、PCに情報をまとめていた。
コンコン。ガチャ。
ドアが開く。長身で肩ぐらいの長さの髪の毛を後ろで束ねた中年男性が、私を見下ろした。な、なに?
「それが終わったら、リビングルームに来てね」
と言葉を残して出て行った。後にこの男性がこの宿のオーナー、ゲリーであることがわかる。とても優しい瞳をした男性だ。
私がリビングルームへ行くと、既に数人の客がお手玉にこうじていた。皆が天井を見上げてお手玉を投げている。ちょっと異様な光景だ。ゲリーは、私の姿を見るとすぐさま二つのお手玉を私に渡した。
「はい、君の分」
え?そしてゲリーは、二つのお手玉を片手で高く投げて、お手玉を上手に受けとめてごらん、と言った。そんなの朝飯前だよ。軽くぽんぽんとお手玉を投げる。ゲリーは、「よし。じゃあ、次は両手でお手玉を投げて、頭上で交差させてから、上手に受けとめてごらん。」と言った。これは思ったよりも難しい。ついつい、右手でお手玉を投げた後、左手から右手にお手玉を送ってしまうのだ。ゲリーが言っているのは、そうではない。両手で投げて両手で受け取るのだ。む、難しい。が、コツを覚えてしまえば簡単で、二つ程度のお手玉ならほいほいと出来てしまう。
はっ…なんか私、知らないうちにこの光景の一部になってる…。
「センスがいいぞ。じゃあ、今度は三つのお手玉でやってみよう。こんなふうにやるんだよ」
と見せてくれたゲリーのお手本は、まさに大道芸人の基本であるような気がした。それもそのはず、彼は大道芸を生業としている人物だったのだ。この宿では、訪れる客に大道芸を教え込むことが売りとなっている。しかし、こんなの私に出来るかなー…。二つのお手玉を同時に投げると共に、右手でお手玉を受け取る直前に、余ったお手玉を投げるのだ。かなり難しい。負けず嫌いの私は、周囲の人が既にお手玉をやめてしまっても、まだ続けていた。体が熱くなってくる。お手玉を投げる。お手玉が床に落ちる。お手玉を拾う。お手玉を投げる。うりゃー、こんちきしょー、もーいっちょー。
ぽんぽんぽん。
とりあえず、お手玉を3つ投げて受け止めるだけなら出来るようになった。それ以上続けるのは難しい。しかし、しばらく練習を続けるうちに、なんとか私もエセ大道芸人になれそうな具合まで上達した。
そこで、ハタと気がついた。
私、なんだかお手玉に集中してたな。さっきまでいろいろと考えたいなんて思ってたのに、すっかりそんなこと忘れてた。もう、考えるのはやめよう。もう、旅は帰り道の半分以上を進んできている。明日は北島に戻るんだ。
お手玉にすっかり夢中になったことで、なんだか自分がリセットされたような気がした。既に私の旅は来た道を戻っている状態なのだけれど、もう一度、新たな気持ちで旅をしよう。
翌朝が早かったので、私は早々にベッドに戻った。数時間の睡眠の後、寝静まった宿を後にした私は、再びこの宿を訪れることを心に誓った。とても暖かい宿だった。せめて3泊はしたい。
星空がきれいな早朝。私は白い息を上げながら車に乗りこんだ。
フェリーに乗って、北島に着いたら、あのポールと再会だ。私はフェリーの中で居心地の良さそうなソファを見つけると、数時間の浅い眠りについた。
(つづく)
頭を使いすぎた時って瞑想がいいって言うじゃないですか。「無」になって、頭をすっからかんにして気持ちをリセットするのです。でも、それって結構難しい。なので私は、頭を休めたい時はお料理瞑想をすることにしています。料理をしている間は料理のことしか考えないので、頭が休まるのです。そしてこの日の私は、図らずも大道芸瞑想をしていたようです。
なんかこの時はそんなふうに考えてはいませんでしたが、こうして読み直してみると、上手に神様か天使に導かれていたのかもしれないなぁと思う私なのでした。
さて、次回の日記は『のんちゃん危機かも?の巻』です。
#しばらく大道芸のテクニックはキープしてた #もう出来ない #偶然にも #この先の人生で私は #大道芸人の神様の店で #ジャズを歌ったのでした
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