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虹を追いかけて

NZでは毎日のように虹を見ました。二重の虹は珍しくありませんでした。パラパラと雨が降ったと思えば晴れ渡る日々です。緑の絨毯、連なる山々、青空、そして虹。おとぎ話に出てきそうな景色が日常でした。


Whangareiを後にして、今日からカルメンのホストマザーの息子さんのお家にお世話になることになっていた。
彼はオークランドに住んでいる、36歳の独身男性だ。バツ経歴はない。

「彼はとっても優しいのよ」

とカルメンが彼について教えてくれる。こちらに来てから、年上の独身男性と過ごすことなど滅多になかったので、私の心はウキウキしていた。独身男性だなんて、旅に色がつくってもんじゃないの。

WhangareiからAucklandまでの道のりは、約2時間から3時間。(注:実際は1.5時間)牧場の向こうには海が見えるという、絶景を楽しみながらのドライブだ。昨日のうちに、私はドライブ用ミュージックを制作しておいた。セリーヌ・ディオンやエア・サプライなどを聞きながら、カルメンと私は大声で歌う。わからないところは、でたらめの英語で歌う。

急な丘を登りきると、急な下りが待っている。アップダウンを繰り返しながら、私達の車はオークランドへ向かう。

「あーーーーっ!!!」

突然、目の前に大きな虹が出現した。しかも二重の虹。

私達は虹に向かって走っていた。遠くの虹がどんどん近づいてくる。虹が手を伸ばせば届くくらいの距離に近づいた。さぁ、虹をくぐろうと思っても、虹は私達からどんどん逃げて追いつかない。虹の根元を掘ると宝物が出てくるって聞いたことがあるけど、これじゃあどこまで行っても虹には追いつかないよ。峠の頂上から見下ろす道は、緑の敷地にブルーのリボンを敷いたようにうねっている。虹は追いついてごらんよと私達をからかっているかのようだ。

峠を降りてしまうと、からっと晴れ渡り、いつのまにか虹はどこかへいなくなってしまっていた。私達は走りつづける。途中、カルメンがふと、「今日のフルーエンシースピーキングは"栄養"についてです」と言った。フルーエンシースピーキングとは、私達が学校にいた時によくやっていた授業の一つだ。テーマを一つ決めて、それについてディスカッションするのである。栄養に並々ならぬ感心を抱いているこの私に栄養を語らせるとは、なかなかの挑戦だ。恐らく私は、その後1時間ほど栄養について語っていたかと思う。語り終える頃には、カルメンもすっかり栄養フリークに生まれ変わっていた。

さて。そうこうしている間に、私達はオークランドに到着してしまった。例の独身男性とは彼の会社で落ち合うことになっている。私達は彼と会うからといって、前日の食事にラムステーキを食べていた。ソフィアのディナーに招かれた夜、彼女が「ラム肉は女性ホルモンを活性化する」と教えてくれたので、翌日さっそく私達はラムステーキを調理したというわけだ。それも、庭から摘んだフレッシュなローズマリーまで添えて。女性ホルモンもばっちり。数少ない旅支度の中でも一番のお気に入りのTシャツを着て、私達の、彼に会うための備えは万端だった。カルメン、いつもより美人だよ。いやいや、のりここそ。そんな会話をしながら、馬鹿笑いをしていた。そして、私達は彼の会社のビルの前まで辿りついた。

「あ、もう外に出てきてるわ。彼よ、彼!キース!!」

カルメンが手を振る。運転席からは街灯が陰になっていて彼が見えない。カルメンは車を飛び降りた。私は急な坂道での縦列駐車にしばし集中。ようやく駐車できたところで、車を降りた。36歳、独身、バツなし。キースは待ちかねていたかのように、右手を私に差し出した。

「Nice to meet you, Noriko?」

いやー、初めまして…え?………え゛?

- しばし沈黙 -

く、くぉらー!カルメン!!話が違うじゃんかーっ!!なんだよこれーっ!金返せー!え?金なんか取ってない?じゃ、チェンジだよっ、チェーーーンジッ!!!(心の声)

36歳、独身、バツなし、金持ち、一軒家屋持ち、車はBMWの男性、キースの正体は、出っ歯の丸ハゲだった…。

私達は彼に連れられて、彼の家へと向かった。彼の家は、白を基調とした、女の子が喜びそうなかわいらしいお家だ。彼は私達のために部屋を暖めてくれ、冗談を言って笑わせてくれ、外へお食事に誘ってくれた。そんなことをしてくれなくても、彼が優しくて穏やかでチャーミングな男性であることは、すぐにわかった。

私達は近所のイタリアンレストランまで行く。キースはサーロインステーキ、カルメンはチキンサラダ、私はスパゲティを注文した。食事の最中、世界中を旅して回ったというキースの話に耳を傾け、私達はとても楽しい一時を過ごした。こんなかわいい女の子を二人も連れて、キースも幸せに違いない。(おいおい、自分で言うなよー)食事は終わってしまったが、興に乗じたキースはまだお家には帰りたくないという。

「アイリッシュパブに行って、ちょっと飲もうよ」

大賛成だ。私達はタクシーでダウンタウンまで繰り出すことにした。

アイリッシュパブの名前は『Bollix』。犬ふぐりという意味らしい。そこには、オーナー自らがステージでアイリッシュミュージックを演奏してくれる。客は彼らの演奏に合わせて激しくダンスを踊り、大騒ぎだ。私達も大きな樽の上にビールを置いて、ダンスを踊る。ミュージック自体がひじょうにカントリーなので、ダンスはとてもオールドスタイルだ。ダンスの踊れない私は体を揺らしてごまかしていたが、キースに「ダンスだよ!ダンス!」と強く勧められ、切羽詰った私はゴーゴーダンスを踊ってしまった。しかし、これが周囲の白人達を熱くさせるとは思わなかった。彼らも私を真似てゴーゴーダンスだ。私のせいで彼らをこんなふうにしてしまい、胸が痛んだ。そんなところへ、ひときわ体の大きなおじいさんが私にダンスを申し込みに来た。私達は手をつないで、音楽に合わせて楽しくダンスを踊る。おじいさんが片手を持ち上げて、私をくるりと回す。回ったかと思うと、もう一回転、更にもう一回転、いやいや、そうは言わずにもう一回転、今日はいつもより多く回しています。おいおいおいおい、目が回っちゃうじゃないかー。ゲラゲラ笑いながら、バンジョーに合わせておじいさんと踊るダンス。アイリッシュパブは東京にもたくさんあるけれど、こんな家庭的なところってあったっけ。散々ぐるぐる回転させられたが、ようやく音楽が終了し、おじいさんと私は丁寧にお辞儀をしてダンスを終えた。

私達は再びタクシーに乗り込み、キースのお家へ向かった。

キースもカルメンも酔っ払ってる。「のりこ?私達の明日の予定はどんなだったかしら?」カルメンがトロンとした目で聞いてくる。明日にはコロマンデルに向かおうと思っていたが、キースの「もう一泊していきたまえよ」の一言に甘えることにした。
キースの家の前に植えてあるローズマリーを指差して、「昨日、ラムステーキにこれを使ったんだよ」というと、キースが一瞬、固まった。

「のりこ、これはラベンダーだよ…。ラムステーキにラベンダーを添えるなんて、聞いたことがないよ」

に、似てるからいいじゃん。私もひょっとしたら違うかも、と思って添えるだけで食べなかったんだ。でも、カルメンはすっかり平らげてたな。でも、なんともないみたいだし、まぁ、ほら、万事休す、だよ。

お家に帰ってから、私達は蝋燭を灯し、天井の窓から見える星空を見ながら、明け方まで話し込んだ。オークランドの星は、牧場から見える星空に比べるとずいぶん少ない。街の灯りが明るすぎるのだ。

明後日には出発しないとな、と心の中でつぶやいた。

(つづく)


当時の私は何もわかっちゃいないんです。ハゲを怒らせたらどんな目に合うか、世間を知らなすぎるのです。出っ歯の丸ハゲ36歳とか、絶対絶対口にしてはなりません。そして微妙に昭和なセルフツッコミをしているところに今更ワナワナます。ああ、私は若かったのです。ラベンダーもローズマリーも区別がつかないほどに。

次回の私たちは「海から湧き出る温泉で自作のお風呂を作る」のプロジェクトに取り組むつもりですが…。お楽しみにー!

#何者でもない私 #ということは何にでもなれる #優しいハゲ #朝までレーシックの話をしていた気がする #優しいハゲ #大切なことなので二回言いました

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