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ポルノとオノマトペ

前回、このような記事を書いた。

シュールポルノというジャンルを出版社の社長に持ち込んだところ、一先ず作品を読ませて欲しいと宿題を出された。

実は私にはたくさんの作品アイデアがあった。
帰宅してから、さっそく温めていた作品を一気に書き上げた。夕食後から書き始めて、完成した時には朝になっていた。とにかく筆力をみたいので8,000文字程度でいいと言われたが、書き上げたものは10,000文字に近かった。社長が気にしていたのは「長い文章が書けるかどうか」であったのだと思う。長いものを短くするのは簡単だ。しかし、短いものを長くするのは労力がかかる。この時の「長い文章はいいものである」という刷り込みがその後の作品に悪く影響してしまうのだが、それはいずれチャンスがあった時にでも書きたい。

書き上げた後のカタルシス感が半端ない気持ちで社長にメールする。社長からは、ベッドにもぐり込んでからそれほど時が経たないうちに電話がかかってきた。

「いいよ、これ!よく書けてるよ!こんなに書ける人だとは思ってなかったよ!これは面白い。いいね、さっそく打ち合わせをしよう!」

ということで、再度永田町のオープンイノベーションオフィス(長い)に出向くことになった。今度はバッファロー抜きで、知的オーラが凄まじい社長と二人きりだ。社長に促され、奥のベンディングマシンがある窓際のテーブルに着いた。

改めてこのオフィスを眺めると、ここにいる人たちは皆、思い思いの場所でノートパソコンを開き仕事をしている。それぞれの繋がりはないようで、時折、私のようなゲストと打ち合わせをしている人もいるが、お互い他人の領域には関心がないようだった。

今日の打ち合わせの内容は何かというと、今後の執筆計画を立てることと、出版に向けての契約内容確認をするというものだ。しかし、社長は私の原稿をプリントアウトしていた。そして社長はこう言った。

「原稿の添削をしよう」

添削?今?ここで?もう既に添削しているんじゃないの?

戸惑ったが、これが社長のスタイルならば仕方がない。私達は出版に向けた詳細な打ち合わせを済ませた後、私は原稿のコピーを渡され添削作業に入った。

オフィスには人はまばらであったが、それなりにテーブルやソファは埋まっていた。静かな空間に、誰かの咳払いやキーボードを打つ音がかすかに響く。私たちが原稿をめくる音も、ラグジュアリーな空間に響いていた。

「えーっと、”中田恒彦は静かで落ち着きのある…”」

待って待って!最初から全部読むの!?これ、ポルノだよ。わかってる?周りに人がいるの。ここ静かなの。読み上げる声はみんなに丸聞こえなの!

社長は私が戸惑うのに臆する風もなく、淡々と原稿を読み始める。私の気持ちはかき乱され、首筋から汗が滴った。…これは一体なんのプレイなのか。

「ここの表現ね、"ぷっくり"なんてどうかな」

ええ、ええ。”ぷっくり”でも”ぷるりん”でも”ぷりっ”でもいいです。早く読み進めてください。

「恒彦の肉棒が熱を帯び」

カシャーッ テーブルのすぐ隣のベンディングマシンからクラッシュアイスがカップに落ちる音がする。見れば、ベンディングマシンに少し行列が出来ていた。この広い空間にまばらな人数しかいないと思ってたけど、一点にまぁまぁ集中してるな、おい。

「舌を這わせ(云々)…口に含み(云々)…」

も、もういいじゃないですか。なんなんですか。そういうプレイなんですか。ええ、私が書いたんですよ。私が書いたんですけども!

「オノマトペはね、あまり使わない方がいいんだ。例えば”クチュクチュ”とか”ペロペロ”とか”ズボズボ”とかね」

そんなのどこにも書かれていませんよ!私、そんな言葉書いていませんよ!なんでそんな言葉を言い出すんですか!ね、ここのみんな、聞いてますよ。もう絶対聞いてますよ。ベンディングマシンに行列するような空間じゃないのに、みんなこの一角に集まったんですからね。ええ、おかしいですよ。この状況。

などという私の脳内抗議の声はまったく社長に届かず、社長は淡々と私の原稿を朗読するのであった。


その後提出した作品の添削はすべてオンラインのやり取りで済ませましたが、この時は本当に恥ずかしかったです。自分から持ち込んだ企画でしたが、このような展開が待っているとは予想もしていませんでした。というか、今振り返ってもこの作業をオープンオフィスでやる意味を見出せません。

方々から「原稿を書いたら」というお話を頂きますが、今後何か書くことがあったとしても『ポルノ』はもう書きません。

6作品ほどの短編小説を書いてみてわかったのですが、人が体を重ねるという行為は、どんな状況でもどんな人物たちであっても、結局は出したり入れたりの単純作業なのです。シチュエーションは千の数ほど創作できたとしても、最後の最後は同じことの繰り返しなのです。それならポルノじゃなくてもいいのかなと考えています。肝心なのはそこまでの過程です。出したり入れたりの部分はいらないのかも、なんて思うのです。

出版関係の方からは「ジャズ歌手が書くから面白んだ」と書くことを強く勧められていますが、それはいずれチャンスが来る時まで、こうしてnoteをしたためたいと思います。


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