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#03 Sweet Dream House

ウソでしょと思ったのは、この頃から動けなくなるまで食べていたのかってことです。そりゃ太るよ!私はアメリカに行って7kg太ったのです。そこから、私の中のデブスイッチが入ってしまって、全然痩せない体に変身してしまったのです。それまではほっそりした体型だったのに。

抱きしめると壊れてしまいそうだという表現がいつの間にか、抱きしめると気持ちがいいと言われる魅惑のボディとなってしまいましたが、私は痩せることを諦めていません。苦しくなるまで食べるのはチートデイだけ!そして毎日がチートデイ!みたいなことにならないように少しは自分を律すること!これを心掛けております。ここ2週間くらい。


私はいつも食べ過ぎる。満腹中枢が刺激される前に、とにかく体の中に食べ物を詰め込んでしまうのだ。私は、おいしいものが大好き。おいしいといっぱい食べたくなってしまう。そして、満腹中枢が刺激される頃、私は苦しくて動けなくなってしまうのだ。全てのエネルギーが、消化運動に参加してしまうからだ。ああ苦しい。今夜も、私は苦しかった。

「散歩にでも出ようか」

苦しくて床でもがいている私を見下ろしながら、ビクターが言った。腹ごなしが必要だ。そう、歩いて腹ごなし。歩くのは大好きだし、この辺の住宅にも興味がある。

ビクターの住んでいる辺りは、シリコンバレーの高級住宅地である。巨大な家が立ち並ぶ、緑の深い住宅街だ。月明かりに照らされて、アスファルトの上で揺れている木陰の間をぴょんぴょん飛びながら、住宅街を歩いていく。右手には二階建ての大きな白い家が見える。玄関には、背の高い二本の柱が二階を貫いて立っている。窓からは灯りが洩れていて、部屋の中の様子がほんの少しうかがえる。洒落た置物や壁紙が見えた。いくつもの窓から灯りが洩れているのに、人の気配はしない。

「こんな大きな家に、たった二人しか住んでいないんだよ」

それは可哀想だねぇ。余計にスペースがある分、寂しくなっちゃうじゃないの。相手がどこかにいたとしても、探すのがたいへんだね。私達は鬱蒼うっそうと茂る木々から垣間見る静かな家や、広すぎて一体何角形の家なのか見当もつかない家や、映画にでも出てくるような厳格な石造りの家などを楽しみながら歩いた。

「最近は、システム関係でお金を儲けた人達がここへ引っ越して来るようになったんだ。彼らは、昔からある家を取り壊してその上に自分達の"夢の家"を建てるんだよ」

なるほどねー。それで、時々深みがないような家があったのかなー。

夢の家かー。私の夢の家はね、小さくてね、部屋が3つくらいしかないの。使い心地のいいキッチンがあってね、ベッドルームと日向ぼっこをする部屋があったらいいなー。それで、庭には畑があってね。乳牛がいるの。畑にはミミズがいてね、土は肥えてるの。野菜は畑からとって、朝になったら、ミルクを絞って、そのミルクでバターを作ったりクリームを取ったりするんだよ。牛の糞や残飯は畑の肥料になるんだ。あれ、ミミズの餌にしたほうがいいのかな。まぁ、いいや。そんな家が私の夢の家だよ。

「僕のと似てるねぇ。でも、僕は牛じゃなくて、ヤギを二頭だな」

えーーー、やぎーーー? ヤギってあのヤギ乳のヤギでしょ? 知ってる、知ってるよ、おいしいってことはさ。飲んだことあるもん。でもさ、残りの人生をずーっとあの乳の匂いと過ごすのかって思うと、鼻がおかしくなりそうな気がするよ。やっぱり私は牛のミルクの方が好きだな。

私達はお互いの "夢の家" について語り合いながら歩きつづけた。
ふと、金網が見えた。この住宅街に似つかわしくない金網。

金網の向こうには、建設中の家がポツンと建っていた。建設中の家はがらんどうで、外の枠組と家の中の壁が出来あがってるだけである。月が明るい夜なので、壁は防火壁が剥き出しになっているところまで見える。間取りはどうなっているんだろう。

「ノリコ! こっち!」

見惚れていると、少し離れた横からビクターが私を呼んだ。どうやら秘密の入り口を見つけたようである。え? いいの? 家宅進入で捕まらない? 恐る恐る中へ入る私。金網から家まではわりと距離がある。この広い庭に、たくさんの木を植えることも出来るんだな。背の低い太い幹の木々から見える、すっかり出来あがったこの家の姿を想像した。素敵だろうなぁ。子供のために木の枝にブランコまで取り付けちゃったりしてさ。

こっそりと、私達は家の中に入った。骨組だけの屋根から月明かりが煌煌と屋内を照らす。私が今立っている部屋はなんだろう? リビングになるのかな。それともディナールームかな。ビクターが立っているところは、キッチンかな。バスルームかな。なんだか骨組と所々の壁だけなので、広いのかそうじゃないのかわからなくなってきた。とにかく、豪華な家になりそうな気配だけはする。

「ノリコ、あれを見て!」

ビクターが指を差す方向に、小さな小人用のお家が建てられていた。こちらは既に完成している。小さな正方形の建物には、真っ赤なとんがり屋根がついている。小さいけれど、一丁前に立派な窓やドアまでついている。ビクターがそっとドアのノブをひねった。鍵はかかっていない。息をひそめて中に入る。なんと! こんなに小さいのに、二階建てである!!

じゅうたんで敷き詰められた床はふかふかだった。ほんの一部屋しかないスペースに、階段がにょっきりと背の低い天井を貫いている。階段を上って二階を覗くと、敷き詰められたじゅうたんとがらんどうのスペースが見えた。一階も二階も、子供が好きそうな空と雲の模様の壁紙が貼られている。正方形の部屋の全ての壁には窓がついていて、今はシャッターが閉まっている。外へ回ると、各窓枠にはセサミストリートの登場人物の名前が掘られていた。子供用のプレイハウスである。子供にとっての "夢の家" だ! 子供の家は母屋から10mほど離れている。この家は、子供がこのスペースを窮屈だと感じるまで、思い出を詰めこみ続けるんだろうか。この家の子供は、自分のお家の中に子供特有の秘密をたくさん隠して、わくわくしたり居心地が悪くなったりするのかな。

ビクターは、子供にお金をかけ過ぎだけれど素敵なお家だ、と言った。
私はなんとなく、この家の人なりの子供への愛情とでもいうのだろうか。そんなものを感じた。子供の夢を現実に叶えてるんだもの。この家の人は、もしも本当に手に入るのだったら、お菓子で出来たジャングルや本当にお話の出来る動物まで、子供のために叶えるんじゃないかな。

お金持ちの人もそうでない人も、子供を思う気持は同じだよ。
表現の仕方やしつけの仕方は違うかもしれないけれど。
どんなやり方だって、愛情があれば、子供の心は豊かになるよ。
まるで、太陽の光をたくさん浴びた果物みたいにさ。

(つづく)


この頃の私はスローライフを思い描いていたんですねぇ。今でも『ポツンと一軒家』なんかをテレビで観ると、いいなぁと少し憧れます。だけど、私がそんな生活をしたら、食べるためだけの作業で一日が終わってしまいそうです。そんなことをしたら、好きなことが何も出来なくなってしまいます。

やっぱり、私は今の都会の生活が合っているのだなと寂しくも悟るのです。

ありがたいこってす。

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