あなたやることなすこと男の子なのよ、の話
私は8年間で会社生活を辞めたにも関わらず、当時の同期とは未だに仲がいい。私が海外でふらふらしてやっと帰国した頃から、月に一度は集まっている。またメンバーの一部で時には一週間ほどの旅行に行ったりもする。彼らとの仲は優に四半世紀を超えており、大学時代から親元を離れた人にとっては、家族よりも長い付き合いということになる。これは社員数の多い大企業にしては、まぁまぁ珍しいことなのではないかと思う。
入社したばかりの頃はみんなまだ独身だったし、仕事ぶりもへなちょこだったし、社会人として伸び代しかなかった。成人後の成長をお互いそばで感じてきた仲なのだ。
出世した者も入れば、想定外の転勤を余儀なくされた者もいる。どうであれ、同期というくくりの仲ではただの仲間である。
私達同期は当時の人事部長が自ら積極的に採用に働きかけたという肝いりの面々で、どういうわけだか全員個性的だ。ちなみにその人事部長はもうご引退されているが、ありがたいことに未だに私を応援してくださっている。
さて、今日はその個性的な面々の中から一人取り上げて話題にしたい。
彼は入社当時から麻雀が得意で同期から”ギャンボー”と呼ばれていた。彼は、”飲む””打つ””買う”の三拍子を良しとする漢である。
以前の同期会は新橋で開催されていたのだが、宴席が終わってみんなで駅まで歩いていると、彼は決まって知らない間にふいに姿を消すのである。カタコトのお姉さんの呼び込みについていってしまうのだ。その日も、いつものように彼は姿を消した。その翌月。
「えらい目にあったのよ」
というではないか。
彼曰く、こんなことがあったそうだ。
◇
その日、彼は宴席での帰り道、声をかけられるままにマッサージに立ち寄った。そこにはとっても可愛らしい女の子がいて、その子が彼のマッサージを担当することになった。彼女は巧みな技でツボを刺激し、彼のコリを上手にほぐしていった。
新橋のこの手のマッサージには特別コースがあり、オプション費用を支払えば更に濃厚な秘技が繰り広げられるとのことで、(彼曰く彼女の強い営業によって)特別コースを追加することにした。
いよいよ彼女からの秘技が施され、めくるめくアレの世界に誘われるのだ…というところで、突然目の前にカーテンが引かれ、くるくるくるっと回転したかと思ったら、完全に別人の女がそこから現れた。
彼は驚くとともに、半ば強引な秘技に気を失い、気がついた時には帰り道のタクシーに揺られていたんだそうな。
◇
この話は、カーテンがくるくるくると回って別人が出てくる下りがクライマックスなのだが、この話を聞いた私は酒がヌヌんで仕方がなかった。
つい先日、第7波が押し寄せる直前に久しぶりに同期会が開催された。開催以来初めての長期の休止であった。私はその日、仕事でバタバタしていたせいですっかり食事を取り損ねていた。私は会場へ到着するやいなや麻辣鶏鍋を発注し「あ、あと白いご飯もお願いします」とスタッフに告げた。
そんな私を見て、ギャンボーは目を細めながら言った。
「注文が男の子なのよ。中学生の男の子なのよ」
へぇと私は生返事をし、運ばれてきた丼飯を左手に、一応みんなに「食べる?」と聴いてみるものの、全員がややかぶせ気味に「おぬき一人で食べな」と答えてくれるのを確認してから食べ始めた。
みんなが何かの話題で盛り上がっている間、私は無心になって麻辣鶏鍋をおかずに白いご飯をもりもり食べ、餃子を食べ、唐揚げを追加発注し(ここでもギャンボーに「あなた、男の子なのよ、注文が」と言われる)ウーロンハイをぐびぐびとやり、最後にきゅうりをポリポリと食べた。
「あなたの食べっぷりは気分がいい」
などと言われつつ、ようやく私もみんなの話題についていく。
誰かが話している話題に私が合いの手を入れる。私が「ロケット花火は上げるんじゃない撃つんだよ」とか「それ、ガンダム的にどれ?」とか「ばかだなー、胸の谷間より脇の下だよ」とか話していると、ギャンボーは決まって目を細めながら
「あなた、言うことが男の子なのよ」
と言われる。つい6月に網代に一緒に釣りに行った同期が「おぬきさんが旅館の卓球台で一時間以上激しいバトルを仕掛けてきた」とチクると、ギャンボーが「やることが夏休みの男の子なのよ!」と目を細める。
この日、ギャンボーはよほど楽しかったのか、立てなくなるまで飲んでいた。場所が錦糸町ということもあって、ギャンボーは目を離すとふらふらとネオン街に消えようとするのだが、このままでおやじ狩りに合う心配があったので、私が責任を持って彼をタクシーに押し込んだ。(帰りは同じ方向だったけど、面倒くさいから彼だけタクシーに乗せた)
私が電車に揺られていると「今、八丁堀。合ってるかは不明」とグループにLINEが入った。私は「運転手さんにちゃんと、おうちに連れてってくださいってお願いするんだよ」と返すと、マジで意味のわからないヒーホージャックフロストのスタンプが返ってきた。
ギャンボー。飲む打つ買うを地でやるリーマン。
彼の中で私は「男の子」として強く記憶されている。「いつかこいつが大人になったら、麻雀やマッサージを教えてやろう」と思っていそうだ。
彼に息子はいない。
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