月明かりの下で話すことには
noteを始めて一ヶ月が経った。
周囲の奨めで始めたnoteだったが、最初は何がなんだかわからなかった。書きたいことと書いていいことの距離もつかめず、noteという世界の住人がどんな人達なのか、誰が光っていてその光はどこにあるのか、そもそも私はこの世界で何が読みたいのか、何に期待しているのか、とにかく何もわからなかったのである。
知っている人を見つけて安心し、noteから言われるがままにプロフィールを作成した。そして次の投稿で、この戸惑いの気持ちをそのまま文章にしてみた。
すると、一人の知らない人からの「いいね」がついた。それはまるで、真っ白で何もなかった部屋に突如として扉が現れたようだった。その扉を開くと、その向こうにnoteの住人が暮らす世界が広がっていた。
私は「いいね」してくれた人達の記事をきっかけに、どんどんこの世界の広がりを覚えていった。その中でくすっと出来る文章を発見し、その方の「スキ」を辿ったら、芋づる式に面白い人達がぼこぼこと掘り出せた。
そういう流れでその存在を知ったのが渡邉先生である。
その渡邉先生が、○○について思うことさんを巻き込んで#真顔で文字を書いて笑わせる1グランプリ なるものを企画された。
おもしろそう!読むのも書くのもあまりにも楽しみ過ぎて、記事を読んですぐにも一作目を投じようかと思ったけれど、よくよく目を凝らすとそこには既に仕上がっているコミュニティがあるようだ。しばし、手慣れの方々に先をお譲りすることにして静観していたが、ぼちぼちと投稿が始まったので私もワクワクしながらパソコンの前に座った次第である。
それでは、私の第一弾を投下する。
私には四つ離れた姉がいる。
これまでアウトドアとは無縁だった姉が何に影響されたかキャンプにハマり始めた。既に活動しなくなって久しいが、私は雪山専門の山岳部出身。姉のキャンプ活動に私も便乗させてくれと猛プッシュをしたところ、秋の終わる頃に静岡と山梨の県境にあるオートキャンプ場に誘ってもらえた。
キャンプ場に現地集合、ということで私はウキウキしながら寝袋と防寒具を車に積み、その横に一日中飲むつもりで日本酒の一升瓶を大切に置いた。
久し振りのキャンプで私のテンションは上がりに上がっていた。
現地ではすでに朝からまったりと過ごして半分寝かかっている姉が私を待っていた。姉は既に酔っぱらっていて、ソーセージを焦がしたり、ししゃもを焦がしたり、はんぺんを焦がしたりして私を驚かせた。そして、突然昼寝を始めたので、私は美味しいソーセージをこっそり上手に焼いて一人で食べた。
日が沈んだキャンプ場の各テントにほの明るいランプが灯り始めた。なんと幻想的な風景だろう。空の低いところで巨大な月がぼんやりと浮かんでいた。姉はもうとっくに起きていて「いわな、あるよ」とか「アボカド、あるよ」と言いながら、何もせずに日本酒の入ったマグカップを傾けていた。私も手のかからないクラッカーや生ハムなどとかじりながら酒を飲んでいた。
神秘の月を眺めながら、私と姉は長いこと話をした。
あちらの世界に逝ってしまった人たちの話、今の話。たくさん言葉を重ねても尽きることのない、話したいこと聞きたいこと。雲の合間から月の光が漏れた。その横で富士山のシルエットがくっきりと浮かび始めた。時おり、遠くから鹿の切ない鳴き声が響いてくる。
姉が言った。
姉「ねぇ、のりこの周りの人はみんなワクチンを打った?」
私「うん、打ったよ。でも打たない選択をした人もいたよ」
姉「恐いもんね」
私「理由も様々だよ」
姉「打った人はみんな大丈夫だった?」
私「副反応はあったみたいだけど、みんな無事だったよ」
姉「私の知り合いの知り合いの人がさ」
私「うん」
姉「ワクチン打って行方不明になった」
私「え?行方不明?」
姉「うん、行方不明」
私「ワクチンが原因で?他に原因があるんじゃないの?」
姉「(静かに首を振り)ワクチンが原因なの」
私「行方不明って…他に原因がありそうだけどね…」
姉「だってワクチン打った後、行方不明になったんだからワクチンが原因だよ、絶対」
私「そうなんだ。なんか恐いね」
姉「うん。だからワクチンって恐いって思った」
私「で、その人は見つかったの?」
姉「何が?」
一陣の風が吹いた。どこかでカランカランと音がした気がした。お月様がいつの間にかずいぶん高いところまで移動していて、地面に私達の蒼い影を落としていた。
私達、行方不明になった人の話をしていたつもりだったけど違ったんだね。お姉ちゃんがふと「あ、意識不明か」って呟いた時、一升瓶を持ち上げたらずいぶん軽くなっていることに気がついたよ。私達、たくさん話をしたね。楽しくて意味のない話ばかりを。
あとお姉ちゃん、バイデン大統領の前の大統領は「アビガン」じゃないよ。トランプだよ。
こうしてその日の姉妹の会話は幕を閉じた。