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さようならとその背中に言う
私は安全運転だが、運転が荒い。
私の車に同乗する人は、大抵が無口になるか挙動不審になる。
しかし、私はすごく安全運転だ。
一時停止はきっちり止まるし、歩行者のいる横断歩道では絶対に歩行者を行かせる。当たり前のことだが、これをきっちり毎回やる人はあまりいないような気がしている。
私は捕まらない。
どんなにスピードを出しても運転が荒くとも、捕まったことはない。地下鉄の蔓延る都内に住んでおきながら、毎日のように運転しているが、ゴールド免許保有者だ。
しかし、車は多少ボコボコになっている。
やたら狭い山道や墓場を車で移動することがあって、そんな時にゴリゴリやってしまう。でも仕方がない。誰も傷ついてないからいい。ただ、そんなことは滅多にない。
あまりにも急ブレーキ急発進を繰り返したためか、バックシートに置いてあったティッシュボックスはもはや原型を留めていないくらいにボロボロになっている。箱ってこんなにボロボロになるんだと不思議に思う。
そして、私のそんな運転に、フロントガラスのところで右に左に勢いよく移動していたカメレオンの置物…。これは思い出深い品物なのだ。
近所に住んでいた仲の良かった女の子がイタズラで私の車に置いていったか私のカバンに忍ばせたかもう忘れてしまったが、とにかくそのカメレオンは彼女がくれたものだった。
その子はほんとに素直でいい子で、どうやったらこんないい子に育つんだろうと思うくらいだった。ただ、少し頭が弱かった。そこがまたかわいかった。
ある時、彼女とビストロに食事しに行った時だった。メニューには “ビーフステーキ ロッシーニ風” と書いてあった。そこで私は何の気なしに「ロッシーニって音楽家の名前なんだよ。すごく美食家だったんだって」と彼女に豆知識を披露した。すると彼女はハハーンという顔をして
「おぬきさん、私は騙されませんよ。そんな名前の人いるわけないです。ロッシーニさん、とか、いないです。騙されませんよ」
と言い放った。本当だってと言っても信じてくれなかった。
私たちはメニューに穴があくまで眺めていた。
季節は秋だったので、ジビエがおいしい季節だった。スペシャリテとしてジビエ肉がおすすめされていた。すると彼女が首を傾げて「ジビエってなんですか?」と聞いてくるので、野生の肉のことだよと答えると
「またまたまたまた! 騙されませんよ! これはきっと人の名前ですね。ジビエさんって人のお料理ですね」
とドヤった顔で言ってきた。
ああ、本当にいい思い出だ。彼女は本当に素晴らしかった。
その彼女が何かのイタズラで私にくれたカメレオン。もう年季も入っていて色が焦ている。
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コイツにさようならを言う時が来た。
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カメレオンの旅立ちだ。未来を見据えたそんな背中をしている。
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ゆっくりとヤツは未来への光の中へ進むのであった。
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さようなら、カメレオン。今まで本当にありがとう。
ところで、先程の彼女は今では結婚し子供も授かり、地元で幸せに暮らしている。それなのに、どうしてカメレオンとお別れしなくてはならなかったのか。
それは、新しい車が私の元にやってきたからだ。
元来、私は車の中は殺風景でいいのだ。なんのアクセサリーもいらない。バックミラーにハイビスカスのレイとかかけたくないし、ムートンの毛皮も飾りたくない。っていうか、皆さんは車内のアクセサリーはどうしているのですか。私はカメレオンでした。
というわけで、私のニューカーライフが始まった。寝る間も惜しんで運転したい。今度から、近所のカラスには車の上に糞をしないように言い聞かせなくてはならない。
おしまい