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スパイシーガールとヤギ乳物語

ソフィアはエネルギーのかたまりでした。そのうち爆発して恒星になるんじゃないかっていうくらいエネルギーがすごかったです。ディズニーのポカホンタスみたいなルックスの人でした。


"Cows World"での失望は背後に置き去りにして、私達は南へ引き返すことにした。今夜はWhangareiに戻り、カルメンのお家に宿泊することになっている。現在、カルメンのお家には、学校の友達のメイメイ(美美)がステイしている。ホストファミリーは旅行中だ。帰りしな、メイメイのためにとスーパーマーケットで今夜の食事の材料を購入することにした。実は、私達には他にも目的があった。"Cows World"で強く勧められたヤギ乳を手に入れなければならなかったのだ。Whangareiでのプロジェクトは、"ヤギ乳を飲む"だった。"Cows World"のスタッフはこう言った。「ヤギ乳は牛乳よりも栄養価が高く、とても美味しいんだよ。スーパーで買えるから、試してみたら」と。栄養と聞いたからには、それを無視するわけにはいかない。

しかし、スーパーマーケットのデイリーコーナーのどこを探しても、ヤギ乳は売っていなかった。諦めかけたところに、カルメンが「のりこ!のりこ!見つけたわっ!」とヤギ乳を持ってきた。ヤギ乳はなぜか冷蔵コーナーではなく、ミロとかココアとかと同じ棚に並んでいた。ブルーのパックに白いヤギが棒立ちになってこちらを見つめている。見るからに新鮮そうじゃない。

「おーけー…」

私は一抹の不安を抱きつつ、カルメンから手渡されたヤギ乳をレジへと持って行った。カルメンは「明日の朝に飲みましょう」ととても幸せそうだ。ミルクが冷やされていないということは、長期に渡って保存できるということを意味しており、それには何か仕掛けがあるということを彼女は気がついていないのだろうか。まぁいい。明日の朝にはすべてがわかる。

カルメンのお家では既に学校を終えたメイメイがダイニングでくつろいでいた。旅はどうだったの?今夜の食事はどうしようか、などと話していると、突然電話が鳴った。ソフィアだった。ソフィアは中国メインランドからやってきた、強烈にハイテンションかつパワフルな女性だ。この私でも一目置いている。そのソフィアから、今夜は私のお家で食事を取らないか、と誘われたのだ。ソフィアは自分の料理を人に振舞うのが大好きだ。そして、その料理はいつでも強烈にスパイシーだった。辛いものを食べるとすぐお腹を壊してしまう私だったが、ソフィアの中国パワーには逆らえないものがあった。

私の車でソフィアの家へと向かう。ソフィアはホームステイをしているのだが、彼女のホストファミリーは仕事やプライベートの都合で、滅多に家に帰ったこない。ソフィアはそこの家の留守番を任されているかわりに、好きなようにその家を使っていいことになっていた。

ソフィアは私達を暖かく迎え、中国茶で歓迎してくれた。いいねぇ、中国茶。彼らのお茶の飲み方は、日本人の私にとっては少々風変わりだ。マグカップに直接お茶の葉を入れ、お湯を注ぐのだ。飲むたびにお茶の葉が口に入ってきて、ペッペッとしなくちゃいけない。私は中国風お茶の飲み方の安直さが気に入っていた。

「さー、椅子にかけてくつろいでて!すぐに作っちゃうから!」

と早口でまくし立て、彼女が腕まくりをした。ふと、彼女の肩越しに新鮮そうな赤い唐辛子が見えてしまった。

「ソフィア、これは何?」

ペッパー、ペッパー!これから使うの!庭から取ってきたのよ!とっても美味しいんだから!すっごく美味しいんだから!と大声で唐辛子の素晴らしさを教えてくれる。私は勇気を振り絞って提案した。

「あの…あんまし辛くしないで…」

なんでー?すっごく美味しいのに!美味しいんだから!辛いのはすごく体にいいのよ!すごk…「私ものりこの意見に賛成よ」とカルメンが助け舟を出してくれた。私が腸弱ならば、彼女は胃弱だ。彼女も辛い味付けには弱い。

仕方がないわねー、とため息をつくソフィア。ごめんよう、ソフィア。でも旅を続けるためにもお腹がピーピーになるわけにはいかないんだよ。「まぁ、いいから座ってて」というソフィア。彼女は小麦粉と水を混ぜ始めた。実は彼女、中国四千年の歴史の麺作りの名人に認められた名人なのである。

彼女が麺生地を作り、麺と和えるためのおかずを作り始めた。ギョッとするぐらい太い菜っ葉包丁を右手に、バキバキと鶏肉を解体し始める。ひー、恐ろしいよー。もー、小骨も太骨もなんのその。バキバキ叩いてちぎり、投げて振り回し、それはおおげさだけど、本当に凄まじい捌き方だった。

鶏肉、ジャガイモ、ねぎ、にんにくをしょうゆと唐辛子で味付けしたものの中に、先ほどの麺生地をスライスし、手でびよーんとのばして落として行く。うーん、鮮やかな手さばきだ。中国茶を片手に、物珍しげにソフィアの立ち振る舞いを観察する私達。背後からソフィアのお気に入りのバイオリンの音が聞こえる。メロディは中華和音で、一瞬、本当に中国にいるのではないかと思ってしまうくらいオリエンタルさに満ちていた。

「さー!できたわよ!」

ドドーンッ!と大きな皿に大盛りになった料理をテーブルに置く。すごい。辛さが目に染みる…。横でカルメンが辛い湯気に咽ている。

料理は美味しかった。辛かったけど、美味しかった。ソフィアは本当に料理が上手だ。いつも辛いものしか作ってくれないけど。

私達はソフィアの料理に舌鼓を打ちながら、一時の団欒を楽しんだ。

ソフィアは喋るのと食べるのにとても忙しそうだ。一気にまくし立てたか思うと、ガツガツガツッと料理をかっ込む。かと思えば、唐辛子は美味しいんだと言いながら、丸ごと口の中に入れて見せて、私達を驚かす。かと思えば、もっと食べてよ!と私達に料理を勧める。そんな彼女が、唐突に、本当に唐突に「ねぇ、日本人ってエッチが短いって本当?」と聞いてきた。え…?み、みじかい?それはブツが短いとかモノが小さいとか、そういうことを聞いているのではなくて、時間が短いってこと?

「そうそう。本当に日本人は3秒で終わるの?」

お、終わらねーよーーーーーーっ。
そりゃ終わる人もいるかもしれないけどさ。鮭の交尾じゃないんだからさー。3秒ってことはないでしょう。知らないけど

「私もそんなことを聞いたことがあるわ」とカルメンまで真面目な顔をして頷く。おいおいおいおい、せめて10分とかさー、人間的な時間を言ってくれよー。ソフィアが言う。

「私の彼は1時間よ。」

彼女の話では、彼女の彼氏というのは、1時間、休むことなく動きつづけるのだそうだ。ちょっとそれ、遅漏なんじゃないの?と思ったけど、英語の単語がわからなかったので「すごいねぇ」とだけ言っておいた。ちなみにソフィアの彼氏はマオリ人。1時間動きつづける彼氏もすごいけど、そんな話題をいきなりふってくるソフィアもすごい。中国人は日本人ほど早いわけではないけれど、でもダメねと、ソフィアは言う。

その後、ソフィアの下ネタは延々と続き、私達はお腹がねじれるくらい笑い転げたのであった。

夜更けごろ、私達はカルメンの家に帰った。
楽しい一時をありがとう、ソフィア。私はあなたの発言を、ホームページで書くことにするよ。

帰ってから、ダイニングのテーブルを見ると、置いたまま忘れていたヤギ乳があった。冷蔵庫には入れないのかなー。ちょっとだけ、試してみようか。ちゃんと飲むのは明日の朝ってことにしておいてさー、ちょっとだけ、一口だけ、試してみよーよー。カルメンに提案すると、それはいい考えね、と同意してくれる。私達は小さなカップにほんのちょっとだけ、ヤギ乳を注ぐ。見た目は牛乳となんら変わらない。カルメンが先に口にした。勇気ある行動だ。

ヤギ乳を飲むやいなや、カルメンはカップをテーブルをバンッ!と置くと、慌ててダイニングルームから出て行ってしまった。一体何が起こったんだ?テーブルの上で揺れるヤギ乳。私も一口…。

うっ!!!
なんだこれーーー!!!
うぇーうぇーっ!!!

もがき苦しむ私を、遠くからそっと見つめるカルメン。

まっ、まずいじゃんかよ!これっ!!!
ヤギ乳ブームは一瞬のうちに私の心から消え去った。
このまったりとした生臭い白い液体を、どのようにして片付けたらいいというのだ。猫だって犬だって、こんなの好きにならないよっ!乳の出ないお母さんが、母乳代わりにヤギ乳で赤ちゃんを育てるって、スタッフの人が言ってたけど、そんなのうそだね。こんなに臭くてアヤシイ飲み物を赤ちゃんが飲むはずがない!!

ヤギ乳プロジェクトは執行されたが、プロジェクト自体は闇に葬り去られることとなった。カルメンは、もう一生ヤギ乳なんか飲みたくない、という。私達はヤギ乳をメイメイに「これすごく美味しくて栄養があるよ」と無理やり押しつけて、ヤギ乳の存在を忘れることにした。ヤギよ、なぜお前はこんなにまずい乳を生産しているのか…。

しかし、私の心の中で、何かが意義を唱えた。
きっとこれは本物じゃないんだ。やっぱり、ヤギから直接乳を絞って飲まないことには、本物のヤギ乳とは言えないんだ。

私は、ヤギの乳絞りを牛乳絞りのプロジェクトと平行して計画することを心を決めた。
(つづく)


日本人が三秒で終わるというのは「三擦り半」を誰かが英語に意訳したのではないかと思っています。三擦り半、つまり3 seconds half ということです。まぁ、そういう人もいるにはいますが、彼女たちはそんなこと知らなくていいわけで。

ヤギ乳についてですが、この後ちゃんとその美味しさを見直すチャンスがあります。

さて、次回、私とカルメンは独身男性と会うためテンション高めに再びたびに出発します。お楽しみに!

#何者でもない私 #ということは何にでもなれる #ヤギ乳の恐ろしさよ

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