旅人の憩い
この日記は7月の初旬のものなのですが、南半球は今が真冬。あちーあちーと汗を掻いている中で読んでもなんだかピンと来ませんね。
ダニーデンを立ち去る前に、First Churchという大きな教会へ立ち寄ることにした。サイモンが教会を見学するなら、と勧めてくれたところだ。
教会へ行く道すがら、街の雰囲気を楽しむ。ダニーデンは学生の街だ。学生が立ち寄りそうなCDショップやCafeが立ち並んでいる。ダニーデンの空はグレイ。道行く人は皆、鼻の頭を赤くして歩いている。うー、寒い。
First Churchは、こげ茶色のレンガで造られたクラッシク調の教会だ。教会の玄関は開かれていて、中に入るとステンドグラスの色鮮やかな影の映る教壇が目に入った。誰もいない朝の教会。なぜ、教会は厳かな雰囲気なのであろう。どのようにして、人はこの厳かな気持ちを知ったのであろう。どうして神様がいる場所というのは、このように厳かな雰囲気がしっくりくるのだろう。
私は教壇の前に腰をかけ、教会内を見まわした。左右には、キリストの生誕から再来までがステンドガラスで語られている。正面を見る。クリスチャンでない私は、神様と対話をする時にどこを見つめたらいいのかわからない。冷たい風が外で唸っている。なんだか、誰もいない放課後の体育館を思い出した。
このような場所に一人で立ち寄ったことは今までなかった。
私も神様に話しかけてみようかな。今まで無事に旅が出来ていること、人々との出会い、私を幸せな気持ちにしてくれる全ての事柄に対して感謝がしたい。神様に感謝の祈りを捧げて、いろんな人達にも心の中で感謝して、ついでにこれから起こる幸せなことにも感謝して教会を後にした。とっても満ち足りた気分。思うに、教会って許しを乞うところではなくて、感謝を捧げるところなんじゃないかなー。キリスト教徒じゃないからわからないけれど。
車の中で地図をチェックした後、私は再びルート1号を南に走り始めた。今日の目的地はInvercargill。地図で見ると小さな町のようだし、南島の最南端に近いので、もしかしたら面白いことがあるかもしれないと思ったのだ。
数時間後、Invercargillに到着した私は、インフォメーションセンターを探した。この町は思ったより大きい。人が少ないから土地を広く使っている、という感じだろうか。一つ一つの店はスペースが無駄に広い。インフォメーションセンターでバックパッカースの場所を確認し、そこへ直行した。白く高い塀に囲まれた一軒家が今夜のバックパッカースだ。芝の庭が青々としていて美しい。重いドアを開けて、オフィスを探した。あれ?オフィスらしきものがないな。
リビングと思われる部屋から、ちょっとぽっちゃりした若い女の子が現れた。
「今夜、ここへ泊まりたいの?」
ええ。部屋は空いていますか?空いているわよ、と彼女はにっこり笑った。笑顔のかわいい彼女は、カナダ人のクリスティン。来年は交換留学で日本へ行く予定だという。
簡単な手続きの後、リビングを覗く。ブルーグレーを基調にした小ぶりのリビングルームには暖炉があり、数人の若者がソファで寛いでいた。うーん、このバックパッカース、すごくきれいだなぁ。キッチンも白を基調にしていて、清潔で使いやすい。これで17ドルとはかなり安い。同じ金額でも、それぞれのバックパッカースはまるでそのレベルが違うものだ。今回は特上だ。
案内された部屋には清潔なシャワーとトイレがあり、室内に宿泊する客はすべて女性だ。
ベッドの前に腰を掛けて、熱心に地図を見ている日本人の女の子がいた。
「こんにちわ」
話しかけると、こんにちわと明るく答えてくれた。軽く世間話をしているうちに、おっとりそうに見える彼女は、実はとてもひょうきんで素直であることがわかる。彼女の名前はゆかり。北海道出身だ。聞けば、Wellingtonで語学学校に通い、その後は旅をして回っているという。Takakaにも行ったんですという彼女に、じゃあカズって人に会わなかった?と冗談で聞いてみた。
「カズっていう名前はたくさんいますからねー。実はTakakaにカズっていう名前の友達がいるんですよ」
なんと。Takakaは小さな町だ。日本人は数えるほどしかいないはずだ。
「彼、東北出身なんです」
うーん、ひょっとして?まさかとは思うけれど、彼の名字を尋ねてみる。
うわーーー!やっぱりあのカズだーーーっ!!!
カズったら、こんなふうにあなたの知らないところで、知らない者同士が繋がっていてよ。
私達は一気に親しくなった。
今日の夕飯は一緒に料理してシェアしようということになった。一人分だけ作るより、二人分の方が安上がりである。
食材を買いに行って、さっそく料理を始めた。
ゆかりさんは、あまり料理が得意でないらしい。
「あの、のりこさんに言われたこと、全部やりますから」
わかった。じゃあ、パセリをみじん切りにしておいて。
すると彼女はパセリをブチブチとちぎり始めた。おいおい、それじゃあみじん切りにはならんだろう。パセリのみじん切りの仕方を教えて、私はチキンの脂ライスを作ることにした。これは、カルメンとの北島の旅の時にオークランドで食べた鶏飯だ。とっても美味しかったので、今夜はその再現料理に挑戦してみようと思ったのだ。
あの時、どうやって作るの?という問いかけに、カルメンはこう答えたのだ。
「鶏の脂を使うのよ」
でも、鶏の脂を手に入れるのはあまり簡単ではない。その代わりにチキンスープを使えば上手くいくと聞いていたので、私は『リアルチキン』(スープ状ストック)を購入していたのだ。この日のために、これを買ったんだよ。リアルチキンを鍋に入れ、米を入れる。後はグツグツ炊くだけだ。かーんたーんじゃーん。後でついでにパセリも入れちゃお。オイルサーディンをトマトとパセリで調理したものを簡単に料理し、豚肉を蒸した(ほとんどゆでた)ものに、中華醤油とねぎとごま油を混ぜたものをひとかけして完了。ご飯はちょっと(かなり)硬めだけど、まぁいいや。
いっただっきまーす。
私の挑戦はどうだったであろうか。鶏の脂ライス…この日のために、あの高い『リアルチキン』を買ったんだぜー。
結果は失敗だった。ぜんぜん味が違う。私が食べたあのご飯は、脂でギトギトしていて匂いも鶏って感じで、もっともっと美味しかった。しかし、ゆかりさんは違った。
「お、美味しい…」
彼女は一口食べるたびに、こうつぶやいて感激している。聞けば、こういう料理は久しぶりなのだそうだ。彼女はうっすらと涙さえ浮かべ、味覚の波に身を預けている。自分の料理をこんなに褒められたことはなかったので、とても嬉しかった。
その後、リビングに集まった各国の若者達と談笑した。他にも数人の日本人がいて、なんとその日本人とも共通の友人がいることがわかった。ニュージーランドって本当に小さな国である。ベジタリアンのドイツ人、訛りのきついスコットランド人、ちょっと人見知りなオランダ人…今夜は実に国際色豊かである。
お互いの国について話をしたり、ベジタリアンの思想や私がベジタリアンに対して思うことなどを意見交換したり、旅人同士の交流を深めた夜だった。
明日の朝は早いから、とゆかりさんは一足先にベッドへ行ってしまった。夜更かしの私も午前一時には眠りについた。
翌日、ゆかりさんは寝坊をし、乗る予定の電車を逃してしまったらしい。
慌ててバスを捕まえに彼女が宿を去った頃、ようやく私は目が覚めた。
さて、今日はどこへ行こうかな。
晴れ渡った高い空を見上げ、私はWanakaへ行くことに決めた。
(つづく)
ゆかりさんは、カフェで"a cup of tea"と注文したらカプチーノが出てきたというエピソードを聞かせてくれました。私の父も、飛行機の機内サービスの時に"Water, please”と言ったらコーラが出てきたそうです。
鶏の脂ご飯は、今考えるとシンガポールの海南鶏飯と似たものだと思うのですが、とにかくカルメンの作ってくれたそれは脂でギトギトで、それが超美味しかったのです。今なら作れるかも。今度作ってみます!
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