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さよならカルメン

この頃はまだ叶えていない夢がたくさんありました。
歳を重ねると、なんでそんな簡単なことを夢だと思ってたんだ?なんて思います。夢というよりは、To Do List だったんでしょうね。
※長いです。(5,200文字程度)


カルメンはまだ迷っていた。
私達は、タウポがあまりにも居心地がいいので、もう一泊延長していた。
今晩はタウポでの最後の夜になるし、明日の朝、私はここを去る予定になっている。

彼女は私と別れて、一人旅を続けることになっている。けれど、彼女は迷っていた。いつ旅立つのか、どこから出発するのか。私は彼女に都合のよいところまで、車で送ってあげるつもりだ。それから、私はWhangareiまで戻ればいい。出来れば、電車やバスの通る大き目の町で降ろしてあげたいと思っていた。

今朝、私が目覚めたとき、既にカルメンはベッドにはいなかった。バックパッカースの人に聞くと、彼女は歩きに出てしまったらしい。タウポでの最後の日、つまり私達の最後の日ともなる1日であったが、彼女が一人歩きに出たということは、今日は別行動ということなのであろう。

すべてを了解し、私は私なりの1日の計画を立てることにした。
まずは、溜まりまくったメールの処理と、HPの更新だ。その後、再びワイカトリバーにでも行って一風呂浴びるか、近くの山まで散歩に行こうかと思っていた。リビングでコーヒーを飲みながらメモを書いていると、昨日知り合ったばかりの日本人の男の子達が話しかけてきた。リョウとタケ。23歳の彼らは、ここで働いている。

「今日、サヤカさんと僕達で釣りに行くんです。一緒に行きませんか。」

釣りのスポットまでは、約30分間は歩かなくちゃいけないけれど、と言う。もとから歩く計画なので、調度いい。でも釣りとなると、これを確認しておかなくちゃいけない。

釣った魚は食べる?

もちろんです。と彼らは力強く答えた。よし、それならば行こう。私は釣りは好きだが、食べもしないくせに釣りをするのは嫌いだ。釣ったら、感謝しながら全部食べるのが、魚に対する礼儀というものだろう。

ニュージーランドでの釣りの規定は厳しい。~cm以下は成長過程にあるので持ち帰り禁止、~cm以上は強者繁殖促進のため持ち帰り禁止などと、魚によってその指定は違うが、なかなか細かい。違反をして持ち帰ると、人々の軽蔑にあうという罰金よりも更に辛い仕打ちが待っている。我々が行こうとしている川では虹鱒が釣れるという。

「刺身で食ってもうまいですよ。」

いいねぇ。釣りたての魚を刺身で食べるっていうのは、私の夢の一つでもあるんだよ。海釣りには本当に憧れているので、ぜひいつか実現させるつもりだよ。でも、今日は川。川の魚だよー。虹鱒も美味しいよね。

彼らの仕事が終わり次第、出発するというので私も急いで準備することにした。日暮れになっても釣り場にいるので、かなりの冷え込みが予想される。出来るだけ寒さを凌げる格好をしなければならない。こんなとき、ジーパンしか持っていない自分を呪う。ジーパンは山や川には不向きだ。冷えるし、濡れると濡れた部分が広がって体温を奪ってしまう。まぁ、私は普通の人よりも寒さに強いのでなんとかなるだろう。

車に乗り込むとき、リョウに一冊の文庫本を手渡された。釣り場で時間潰しに読めという。よくは覚えていないが、ブスは女の価値がないとか、才能のない男はダメだとか好き勝手なことが書いてあったように記憶している。まぁ、よくぞこんな本にお金を払ったものだと感心した。

釣り場までは、小1時間ほどドライブ。その後30分ほど山の中を歩いて行く。

タウポ湖沿いをドライブしていると、フロントガラスの向こうにMt.トンガリロの勇姿が見える。Mt.トンガリロの姿は、小型の富士山みたいだ。てっぺんに雪帽子をかぶっていて、ひじょうに美しい山である。

人気のない駐車場に車を停める。リョウとタケはすばやく釣り人の格好に変身だ。サヤカも分厚いセーターを着込んでいる。川にかかる大きな橋を渡り、私達は森の中の小道を歩き始めた。森を抜けると牧場が広がり、更に奥に進むと再び森が始まる。遠くから激しい川の流れの音と、水の匂いがしてきた。そろそろポイントが近い。

川原に出ると、私は暑くてジャケットを脱いだ。冷たい空気が肌に心地いい。

男の子達はさっそく釣りを開始だ。サヤカは「前に来た時は、じっとしててとっても寒かったから、歩いてくる。」と言って去っていった。私は、カルメンのために川の水をお土産にしようと空のボトルを持ってきていた。明るいうちに川沿いを冒険だ。途中でボトルに川の水を入れるのだ。

川の水は澄んでいた。しかし、石が茶色に汚れている。しばらく川沿いを歩いていたが、ふと、ボトルに水を入れてみた。水の入ったボトルを日に照らしてみる。細かい砂やその他の浮遊物がボトルの中を動いていた。なんど汲んでみても同じ状態だ。…まぁ、飲まないで見せるだけでもお土産になるかな。とりあえず持って帰ろう。

男の子達のところへ戻ると、私は岩に腰掛け、リョウに渡された本を読み始めた。日暮れにさしかかり、だんだん気温も下がってくる。うー、寒い。しばらくすると、サヤカも戻ってきた。魚はまだ釣れない。始まったばかりの薄明るい夜空に、一番星が木々の上に輝き始めた。気温は更にぐっと冷える。ああ、太陽って偉大だな。太陽がなくなるだけで、こんなに寒くなるなんて。富士山の頂上でも、太陽の偉大さを再認識したことがあったなー。夜は夏でも悴むように寒い富士山の頂上。日の出と共に寒くて強張っていた手が、溶けるように温かくなり始めたっけ。

寒いけれど、もじもじ動いていると体が温かくなる。私は暗闇の中、もじもじ動いては、はぁーっと自分の息の白さを楽しんだりしていた。すると、

「きたっ!きたきたきたーーーっ!!今日の晩飯ーーーー!!!

タケがアタリを知らせる。リョウが自分の釣り竿をほっぽり投げて、タケを手伝う。

釣り上げた虹鱒は規定ギリギリ通過のサイズ。リョウが石でボカンと魚の頭を殴り、動かなくなったところにナイフで切りこみを入れる。すばやく体内から血を出してしまうのだ。サヤカが目を背ける。私は平気。牛の屠殺だってへっちゃらだったんだから。えっへん。

リョウが「魚を土で埋めておいて」と言って、自分のポジションに戻った。まだまだこれから釣れるかなぁー。私は重たい魚を持ち上げて、土に埋めた。土の中で魚がぴくぴくしている。うーん、虹鱒の刺身かー。私、醤油、持ってるよ。ああ、白いご飯に刺身と醤油…虹鱒の刺身は食べたことないけど、楽しみだーーー。

リョウとタケはしばらく粘っていたが、一向にアタリは来なかった。彼らの目の前で、嘲るように魚が跳ねる。

私達は宿へ戻ることにした。一匹でも魚が連れたんだもの、十分だよ。辺りはすっかり闇に包まれていた。空を見上げると、丸々と太った月が、煌煌と森を照らしていた。魚を片手にぶら下げて、私達は森の小道を走り始めた。木々の間から月の光が洩れている。森を抜けて牧場沿いの道に出ると、一瞬視界が開けた。青白い光りに晒された牧場で、夜露に濡れた草が光っている。足元を見ると、月光に照らされた私達4人の影が土の上に長く伸びていた。

なぜか私は両手を広げて、体中に月明かりを浴びたくなった。立ち止まり、牧場を見つめる。太陽の光は暖かく、私にフィジカルなエネルギーを与えてくれる。青く、人を温めることのない月光りは、私にメンタルなエネルギーを与えてくれる。静かで妖しく、不思議な魅力に満ちていて、まるで私に何か特別な魅力を分けてくれるかのようだ。お月様、私をアノヒトのためにきれいにしてください。アノヒトって誰?うりゃー、聞かんでくれー、まだ誰だかもわからないんだから。

宿に戻ると、飢えに堪えかねたカルメンが、既に夕飯を済ませて私達を待っていた。私は意気揚揚と水の入ったボトルを彼女に渡した。カルメンは大喜びで、一口飲んだ。私も一口飲んだ。ん?なんかちょっと苦い。近くに集落でもあったかな。

背後から、小さな声で、女性が話しかけてきた。

「ニュージーランドの水は微生物がいるので、飲むとキケンですよ。」

ありゃりゃりゃー。カルメンにはそのことは伝えず、「この水はあんまし美味しくないから、捨てちゃおう」と提案しておいた。これがバレたら、また「小さい部屋に行きなさい!」って怒られちゃうよ…。

虹鱒は雄だったので、白子を持っていた。白子はショウガと醤油で煮ることにする。

昨日買っておいた、南アフリカ産の赤ワインを開ける。リョウが虹鱒を刺身にしてくれた。サヤカが味噌汁を作ってくれた。白いご飯も大量に炊けた。うおー、無茶苦茶腹が減ってきた。

いっただっきまーす!
虹鱒の刺身に、ショウガ醤油をたっぷり付けて、ぱくり。んーーーーー!んまいっ!!醤油なしで食べるとちょっと川魚の生臭さが感じられるけど、ショウガ醤油で食べると、これがなんといきなりトロだよ、トロ!いや、サーモンの刺身に近いかな。こってりとした刺身の味に、白いご飯が進む。日本食びいきのカルメンも、刺身にご満悦のようだ。他の客達もこちらに興味津々だ。いーだろー。お前ら、こいつをムニエルっていうやつにしちゃうけど、刺身の方が断然うまいね。特上の味だよ。刺身に酔いしれるあまり、一時的な偏見に陥ってしまうのも無理はない。それほど刺身はうまかった。

お腹もいっぱい、片付けも終わって一息をついたところで、私はカルメンにこう告げた。

「私は世話のかかる人間だし、時にはそれでカルメンに嫌な思いをさせたかもしれない。カルメンも、時々私を悩ませたりもしたし、戸惑わせもした。でもね、私は今回のこの旅を、一生忘れないよ。私にとって、一番特別な旅だったよ。」

カルメンは黙ってうつむいて、テーブルの一点を見つめた。
そして、イエス、と彼女は小さくつぶやいた。

私達は楽しい旅をしたね。いつか、自分達の旅を振り返ったとき、顔がほころぶような、そんな思い出をいっぱい作ったね。楽しかったよ、カルメン。どうもありがとう。

無口なカルメンを見つめながら、私は旅の終わりを感じた。

翌日、目が覚めると、やっぱりカルメンはベッドにいなかった。ま、まさか、サヨナラも言わずに旅だったんじゃあるまいなー…と不安な気持ちで着替えていると、濡れた頭のカルメンがシャワーから戻ってきた。

「のりこ、私、今夜もここに泊まることにするわ。そして、明後日のバスでウェリントンまで行くことにする。」

わかったよ、カルメン。私達はここでお別れだね。私は今夜はオークランドまで戻ることにするよ。いつかまた一緒に旅をしようね。メールを送るよ。勉強、頑張ってね。健康に気をつけてね。栄養、しっかり摂るんだよ。

1時間後、すっかり旅支度の出来あがった私の目の前で、同じドミトリーの部屋に泊まっていた男性が、やはり旅支度を終えて、ぼんやりしていた。今日、チェックアウトなんですか?へぇ、どこに行くんですか?え?オークランド?はい、私もです。え?ヒッチハイク?

「オークランドに行くんだったら、乗せてもらえませんか?」
「オークランドに行くんだったら、乗せてあげましょうか?」

ハッピーアイスクリーム状態である。彼ともう一人の男性を乗せて、オークランドまで一緒に行くことになった。

駐車場にカルメン、サヤカ、リョウにタケが見送りに出てくれる。
狭い駐車場で何回も切り返し(同乗者及び見送りの方々をヒヤヒヤさせたようだ)、ようやく駐車場を出る。後ろからカルメンが何か叫んでいる。えー?なにー?車を停めて窓を開ける。

"Behave yourself!" - お行儀よくするのよ!-

はいはい。ハンサムな男二人を相手に、お行儀よく、ね。わかりました。
私達の別れに涙は禁物。最後の最後はギャグでお別れだよ。

ププッ!と軽くクラクションを鳴らし、オークランドに向けて車を走らせた。デンマーク人の男性2人を乗せて。金髪碧眼、北欧の彼らは二人ともハンサムだった。年齢も私と同じ歳。うーん、こういうのが運命の出会いになったりするのかな。もしかして、あなた方のどちらかが、私の"アノヒト"だったりしない?

オークランドに到着後、彼らは憎たらしいくらいさわやかに握手をして車を降りていった。

(つづく)


ギャグって言葉を久しぶりに見ました。ギャグでお別れってなかなかの昭和な表現ですね。平成でしたけど。
ハンサムなデンマーク人二人に私は「ああ、ムーミンの国ね」と言ったら「違う。我々は人魚姫の国だ」と返されたのをよく覚えています。

そして、釣りからの帰り道に見た青白い光に照らされた牧場と月明かりに光る夜露は心に残る神秘の美しさでした。まるで私達全員がおとぎ話の登場人物に思えてくる光景だったのです。

さて、次回から南島一人旅が始まります。

#何者でもない私 #ということは何にでもなれる #さよならカルメン  

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