近時の主な裁判例・最判令和6年7月8日ー役員退職慰労金と取締役会における減額の可否ー
はじめに
退職慰労金の減額が問題となった事例をご紹介します。退職慰労金をどのように減額するか、争いが生じないような退職慰労金規程をどう作成するべきであるのかという点において学ぶべき点の多い裁判例です。
事案の概要
Y1社には、退職慰労金の計算方法を定めた「内規」がありました。この内規では以下のように定められています:
計算方法
退職慰労金は、退任時の報酬月額に役職ごとの係数を掛け合わせ、在任年数を考慮した結果で算出される。減額規定
取締役会は、在任中に会社へ「特に重大な損害」を与えた取締役に対し、計算した退職慰労金の金額を減額できる。
Y1社の株主総会では、退任する取締役Xの退職慰労金について、この内規に従って取締役会に決定を委ねることを決議しました。その後、取締役会は、計算上の金額から90%を減額し、最終的に5700万円とすることを決定。
これに不服なXは、会社法や民法に基づいて、Y1社および代表取締役Y2に損害賠償請求を提起しました。原審では、減額の根拠が「特に重大な損害」に該当しないと判断し、Xの請求を認めましたが、Y1社側が上告しました。
判決の内容
最高裁は以下の理由から取締役の請求を認めませんでした。
内規の解釈に関する取締役会の裁量
株主総会が退職慰労金について本件内規に従って決定することを取締役会に一任する決議をした場合、取締役会は、「在任中特に重大な損害を与えたもの」に当たるか否か、これに当たる場合に減額をした結果として退職慰労金の額をいくらにするのかの点について判断する必要があるところ、取締役会は、会社に特に重大な損害を与えたという評価の基礎となった行為の内容や性質、当該行為によって会社が受けた影響、退任取締役の地位等の事情を総合考慮して判断するべきである。
これらの事情は、会社の業務執行の決定や取締役の職務執行の監督を行う取締役会が判断するのに適した事項であり、本件内規が本件内規②の減額の範囲等について何らの定めも置いていないことに照らせば、取締役会は、これらの事情を判断するに当たり広い裁量権を有する。裁量権の逸脱・濫用に当たる場合
取締役会の決議に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるということができるのは、この判断が株主総会の委任の趣旨に照らして不合理である場合に限られる。事案の判断
① Xは、社内規定の上限を超過する額の宿泊費を受領しており、このことが発覚した後は、社内規定に反する宿泊費等の支給を実質的に永続化する目的で自らの報酬を増額しており、このことが報道されたためY1社の社会的信用が既存された。
② Y1社は、利害関係のない弁護士等で構成された調査委員会を設置していたところ、かかる調査委員会の報告書では、上記①の行為について、特別背任罪に該当する疑いがあることが示されていた。
③ 取締役会は、上記調査報告書の内容を踏まえてXの退職慰労金に関する取締役会決議をしたものであり、調査により収集した情報に不足があったことはうかがわれない。
④ 取締役会は、上記調査報告書の内容を踏まえて、相当程度実質的な審議が行われていた。
⑤ これらの事情を総合考慮すると、「在任中特に重大な損害を与えたもの」に当たるとして減額をし、その結果としてXの退職慰労金の額を5700万円とした取締役会の判断が株主総会の委任の趣旨に照らして不合理であるということはできない。
この判決の意義
本件は、取締役の退職慰労金を会社側が一方的に減額するためにはどうすればよいのかという点で、今後の先例となる重要な意義を有します。
1.退職慰労金と株主総会決議
取締役の退職慰労金については役員報酬と同様に株主総会決議により定めなければなりませんが(会361条)、判例では、限度額を定めておけば、取締役の個人別の報酬額の決定を一任することは適用であると解されています(最判昭和60年3月26日判時1159号150頁)。また、一度株主総会で限度額を定めれば、限度額を変更しない限り改めての総会決議は必要ないと解されていることから、報酬等の総会決議が10年以上にわたって行われていないことも珍しくありません。
2.原審と判断と本判決の判断
本件では、Xの退職慰労金について、株主総会が本件内規に従って決定するという留保をしつつ、取締役会に一任した場合に、取締役会が本件内規の解釈・適用についていかなる程度の裁量があるのかという点が問題となりました。
原審(福岡高判宮崎支判令和4年7月6日金判1657号35頁)では、本件内規②における「特に重大な損害」を与えたという文言を適切に解釈適用することを求め、「特に重大な損害」を与えたと評価できない事情(CSR事業への支出)を考慮に入れて大幅な減額決議を行ったことを問題とし、裁量の逸脱濫用に当たると判断しました。これに対し、最高裁は、取締役会の決議に裁量権の逸脱濫用があるということができるのは、その判断が株主総会の委任の趣旨に照らして不合理である場合に限られると解し、結論として裁量権の逸脱濫用がないものと判断しました。
最高裁は、原審よりも広い裁量権を認める立場に立ち、取締役会による退職慰労金減額の決定については、経営判断と同様の広い裁量権が認められることを基本としたものといえます。
3.退職慰労金と内部紛争
退職慰労金を巡る紛争は、役員に不正行為や不適切行為があることが判明するなどして役員を退任させざるを得ない時に、退任に関する紛争とセットで問題となることが多くあります。会社に大きな損害を与え、会社に背信的な行為を行ったのにも拘わらず、退職慰労金を支給しなければならない状況を防ぐために、この最判を参考にまずは、役員退職慰労金規程等の内規を見直し、減額規程の定めがあるか、減額規程の定めの表現、減額の上限が定められているかという点をチェックし、適切に見直しをすることをお勧めします。
また、本件では調査委員会が特別背任罪に該当する可能性があるとの報告意見を提出していることが、具体的なあてはめの場面で会社に有利に判断されています。この点、専門的知見を有し、かつ独立性を有する者から構成される調査委員会の報告書に依拠した判断をした場合、その判断をした取締役は信頼の抗弁により保護される(責任を免れることができる)と解されていることが一般的であり、この最判も、信頼の抗弁を考慮して、裁量権の逸脱濫用がなかったと判断しているものと解されます。そのため、退職慰労金を減額する際に紛争が生じることが見込まれる場合には、顧問弁護士等利害関係を有しない第三者の弁護士から意見書等を取得しておくことがお勧めです。
チェックリスト
□役員退職慰労金規程に退職慰労金を減額することができる旨の定めがあるか。
□減額の定めについてどのように定められているか、見直しの必要性はないか。
※「在任中特に重大な損害を与えた」という表現が用いられている場合、「在任中会社に損害を与えた場合には、取締役会の裁量により退職慰労金の額を減額することができる。」などとすると、裁量が認められやすくなると思われる。
□退職慰労金の額を巡り紛争が見込まれる場面において、弁護士から意見書や報告書等の資料を取得しておく必要はないか。
コメント
この判決は、取締役退任時の退職慰労金をめぐる紛争への対応において、内規の整備と取締役会の慎重な判断の重要性を示しています。役員報酬や退職慰労金に関する規定を見直し、適切な運用を行うことで、トラブルの予防につながるといえます。