短編小説(3)モバイルバッテリー
「まただ」
気がつくと、73%。私のスマホはすぐに充電が減る。まだ使い始めて、1年も経っていないというのに。機種変更するにはまだ1年以上残っている。食堂でランチを食べながら「うー」と言葉にならない感情がそのまま口から出てしまう。
「よ!」
カレーライスの皿が乗ったお盆を持ちながら、翔吾が私を見つけて近づいてきた。スマホを見つめて眉間にシワを寄せた私が気になったようだ。
「なんかあったのか? まさか面接落ち?」
翔吾は着ていたスーツの襟を整えて、持っていた黒のバッグをテーブルの上に「よいしょ」と置く。スケジュール帳や予備の履歴書、メモ用のノートなどが入ったバッグは私たちにとってジュラルミンケースとも言える。
「カレーなんて食べて大丈夫?」
翔吾の勝負服にカレーが飛んだら、負け戦になるんじゃないかと心配になった。そんな私の心配をよそに翔吾はカレーライスをスプーンですくう。
「食べたいもん食べなきゃ、上手くいくもんもいかないだろ?」
翔吾の言葉に私は「そうね」と軽く返す。
「そうだ! 見てくれよ!」
カレーライスのお盆を横にずらして、翔吾はジュラルミンケースを開ける。取り出したのはタブレットだった。今はタブレットを面接時に持っていく人も少なくない。その理由としては……。
「卒論のテーマで書いたアプリ、作ってみたんだ」
私たちは情報学部の学生で、最新アプリというテーマを卒論で取り上げた。翔吾の卒論は新規アプリ開発の内容で実装に向けて開発に励んでいるという話を思い出す。私はタブレットを受け取ると、翔吾が作ったアプリを操作してみる。
チュートリアルでは実際に画面をタップしながら使い方を教えてもらえた。翔吾が考えていたアプリはRPGにアクション性を兼ね備えたゲーム。今は数多くのゲームがスマホで出来るようになってるし、似たようなゲームシステムを取っているのも多い。
しかし、翔吾が作ったゲームはガチャなどの課金要素はなく、武器や道具はクエストをクリアするごとに手に入るようだった。チュートリアルによると、クエストは毎日更新され、獲得出来るアイテムも異なるらしい。
スマホゲームは飽きてしまうと、ログインすることさえ億劫になる。実際、私もその経験を幾度となく繰り返してきた。結果的に飽きたアプリはスマホから削除。
翔吾が作ったアプリゲームは、獲得出来るアイテム以外にもクエストで仲間までゲット出来るとのこと。
「毎日違うクエストが配信されて、クエストごとにアイテムも仲間も違うのは面白いね」
「だろー? それにその日のうちにクエストを受注しないと消えちゃう仕組みだから毎日ログインしたくなるように作られてる」
翔吾のゲームシステムは優秀かもしれない。でも、問題は少し進めると発見できた。
「ロードの時間長くない?」
ゲームアプリにはつきもののアップデートとロードの時間。その時間が長すぎるせいで、途中離脱してしまうのも多くの人が感じているスマホゲームの特徴のはず。お世辞にも翔吾のゲームもロード時間が短く設定されているとは言えなかった。
「そこなんだよなー。やっぱりデータ更新容量を少なくするべきではあるよな」
作り手である本人も感じていたポイントだったみたいだ。しかし、ど素人が作ったとは思えない出来栄えに私は度肝を抜かれたのは言うまでもない。これを面接で見せられたら、私だったら雇ってしまうだろう。
「あ! やべ!」
「どうかした?」
翔吾は何かに気がついた様子で、ジュラルミンケースの中に手を突っ込む。次の面接の準備か面接時間の確認をするためにスケジュール帳を出そうとしてるのかと思ったが、意外にも違うものを翔吾は取り出した。
「もうないだろ?」
私の手からタブレットをスっと奪い取ると、翔吾は手にしていたものを繋いだ。
「あ……」
その行動を見た瞬間、私はカツ丼の器が乗ったお盆の外に置いていたスマホを手に取る。
「やっぱり……」
スマホの画面を見ると、バッテリーは45%まで減っていた。すかさず私もジュラルミンケースから翔吾のものとは少し種類の違うソレを取り出す。繋がったスマホは右上の表示を緑色に変える。
「飯食ってる間に満タンになるかな?」
「私のは多分無理だと思うよ」
翔吾は私の前にあるお盆の上のカツ丼を見て、「そうだな」とクスッと笑う。私はカツ丼の量の問題ではないと告げようとしたが、なんだか虚しくなり口を閉ざした。
あと1年以上あるスマホの契約と残り少ない学生生活。スマホの充電残量がそのアンバランスな時間の感覚を教えてくれているような気がしてならなかった。