宝物
「この後ヴァイオリンなんだからボサっとしてんじゃないよ」
「わかってるよそんなこと」
16時。鬱陶しい母の声に中身の無い言葉を返す。
今日も放課後を母の自己満足に使わされることになる。一体いつからこの人の奴隷になったのだろう。
私のスケジュールはいつも埋まっている。おかげで幼稚園から一緒だった幼馴染とも疎遠になった。
月曜日はピアノ、火曜日はヴァイオリン、水曜日は華道、木曜日は英会話、金曜日は書道。土曜日と日曜日は朝から23時まで塾。
まともに休めるのは眠っている間くらいだ。私はいつでも母のご機嫌取りの為に起きている。
「お母さんの宝物ってなに」
「あなたに決まってるでしょ」
幼い頃にした母との会話を思い出した。私が宝物なんだったらこんな目に遭わせないでもらいたい。
本当に私が母の宝物なら───
行動に移すのはすぐだった。
もうじきヴァイオリンの時間だが、関係なくなった。
「じゃあ行ってくる」
そう吐き捨てて家を出て、自転車で10分程のホームセンターへ向かった。麻縄を購入してから、ヴァイオリン教室には行かず家へ戻った。
階段に背中を預けた。手すりに縄を括りつけて輪を作り、そこに首をかける。
宝物を失った気分はどう。