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海外ノマドが海外在住の時に考える「人種差別」を考察する。

海外ノマド
今はベトナムのハノイの企業でお仕事中…そして色々ドタバタに巻き込まれている。

今回は私のこの海外ノマド生活での日々から感じる自分と他者の異なりについて…


私は100%日本人だが、海外在住歴が自分の人生の半分以上になっている。生まれは日本だし、国籍も日本、両親ともに日本人だ。けれど私だけ、単身で12歳で海外暮らしを始めた。

そんな私は12歳から単身で海外暮らしをし、今で言うノマド暮らしを続けている。これまでの滞在国、移動先は

日本➡フランス➡日本➡イギリス➡フランス➡イタリア➡日本➡イギリス➡フランス➡日本➡フランス➡ベトナム ➡フランス➡ベトナム➡フランス➡ベトナム➡フランス➡ベトナム(現在こちら)➡️フランス(予定)

となっている。そんな私が感じる、世界の「人種差別」について、実体験と個人的考察についてお送りしようと思う。


国籍なのか血統なのか

フランスに20年以上住んでいる私は、今となっては日本滞在歴よりもフランス滞在歴の方が長い。そして現在は仕事の関係でフランスにも行ったり来たりしながらベトナムに数年滞在している。

そこで感じる「人」のことだが、フランスにも、そして恐らく最近の日本にも「血統」は別の国だけれど、生まれがフランスとか日本という人たちも多くなっている。日本のテレビを観ていても、所謂「ハーフ」とか「クオーター」と言われる人たちも増えている傾向にある。

もちろん、私が住んでいたフランスでも、外見はアジア人でもフランス人という人たちも多い。
そんな彼らの「あるある」で自分は日本人なのか外国人なのか…どちらにいても、どっちつかずになることもあるし、それは外見やその人の態度や仕草にも関連することがあると思う。

逆に私は100%日本人だが、話す言語によって実は自分は態度や性格が変わる「多重人格者」みたいに感じることがある。

私が感じた欧米における人種差別

海外、特に欧米にいると、日本人やアジア人が感じる差別に関する話を聞くことがある。以前芸能人のガクトさんもそんなことを言っていた記憶がある。

【参考資料 https://www.j-cast.com/2015/03/31231826.html

けれど実は私はヨーロッパ、特に現在の滞在国であるフランスの地方都市では、ほぼ人種差別を感じたことがない。どちらかと言えば親日家も多く、歓迎してくれる人の方が多い気がする。

でも周囲の日本の方が人種差別を感じた経験を語る人もいて、私がいる場所が人種差別がない場所と言うわけではないかもしれない。

私も人種差別を受けたこと全くないわけではない。大昔、知らないガキ達に、雪の球を急に投げられたことがあるし、たまに歩いていて「ニーハオ」なんて言われることはある。

ただ面白いことにフランスで私に「ニーハオ」と言う人も自分自身も、生まれはフランスの、アラブ系の人と言うことも多い。恐らく自分も受けている人種差別を他者にもしてしまうんだと思う。

私が感じたアジアにおける人種差別

逆に、アジアの新興国と言われる国に数年暮らした時に、日本人のアジア人に対する差別を感じたことがあった。

実は私はアジア諸国で現地組織へ現地採用された。その際に日本の方とも少しお付き合いがあったが、かなり偏見の酷い言葉をアジア人(ベトナム人)に対してする日本の方々もいて、私は心を痛めた経験がある。

例えば日本は若者の人材不足で、他アジア諸国から人材確保している状況でもあるが、私は職業柄多くのアジア人の若者と交流があった。そんな中でその人材紹介を「人身売買」なんて言う日本の方もいた。

そう言うことを平気で言ってなんとも思わない日本の大人も存在するのだ。そんな中で欧米に行って、もし日本人が雑に扱われたとしても、文句は言えないんじゃないかと思ってしまうのだ。

誰かにしたことは絶対自分にも返ってくると思うし、そう言う横柄な態度がもし欧米でも出ていたら、欧米人もきっとよくは思わないだろう。

人種差別は自分が何かを言われて嫌だと感じるか否かにもよる

これはハラスメントにも似ているかもしれないが、例えば誰かが悪気がなく、からかいや親しみで言ったことでも、相手が嫌な気持ちになればそれは差別になるし、ハラスメントにもなりえる。

例えば私を見て
「ニーハオ」と言ってくる人はいる。もしくは、フランスでは何も言わずに英語で話しかけて来たり、英語のメニューを渡されて「外国人」扱いされることがある。

それを「人種差別」と思う人も居るかもしれないし、挨拶と捉える人もいるかもしれない。
日本人だから「カメラ持ってないの?」なんて聞く人もいるし、そう言うことを言うことが「人種差別」なのか、冗談と捉えるか、それも受け止める人次第だと思う。

日本人だから逆に贔屓されたこともある

逆に、有難いことに私が住む場所では、日本人の印象はよく、相手によっては日本人の私を特別扱いしてくれたり、贔屓してくれる人もいる。

アジア人と言うことで逆に覚えてもらいやすいこともあったり、親日家も多いのも事実だ。

例えばよく行くバーでたくさん日本の方をお連れしたら、わざわざ日本からありがとう、と、1番良いソファー席に案内してくれたり、眺めの良い窓際の席に案内してもらったこともある。人種差別の話を聞いたことがある日本の方々は逆にびっくりしていた。

又、私はよくフランスで映画の試写会に行くのだが、そこで有名俳優さんや監督さんとお話しできることがある。その時はいつも本当に歓迎してくれるし、色々お話ししてくれる人も多く、特に日本に行ったことのある方だとすごく気さくに話しをしてくれて逆にびっくりするし、日本人で良かったと思うくらいだ。相手にしてみれば、日本人の私がフランス映画にこんなに興味を持ってくれているんだと喜んでくれる。映画館の人達にも既に顔馴染みだ。

差別と贔屓は何が違うのか考察してみた

ではどうして差別を感じる人と、私のように贔屓してもらえると思う人がいるのだろう、と考えてみたい。これは外国側と日本人側両方の考え方があると思う。

自分はその国どう振る舞っているか、郷に入っては郷に従え

まずは人種差別だと感じる前に自分はどう相手に振る舞っているか、考えてみる必要があると思う。
例えば、お店での対応を例に挙げると、日本ほど「お客様は神様」と言う国は他にはない。先程のアジアの新興国における日本の方を例にすると、恐らくこう言う方は他の国に行っても日本での習慣をそのまま変えないかもしれない。

けれどアジアも欧米もお客様は神様じゃない。どちらかと言えば同等、対等だ。それはどう言うことかと言うと、例えばフランスではお店に入ると店員は
「こんにちは(Bonjour)」と言う。入店したお客も「こんにちは(Bonjour)」と言う。
けれど日本は店員だけが「いらっしゃいませ。」と言い、お客は何も挨拶しない。

日本ではそれが当たり前だけれど、フランスでは挨拶をしないお客は「失礼な人だ。」と認識される。私はフランスのサービス業で働いていたことがあるが、外国のお客様が「こんにちは(Bonjour)」を言わない事に同僚がかなりイライラしていたのを覚えている。

些細なことかもしれないが、たった一言の
「こんにちは[Bonjour)」が大きな影響をもたらすのだ。

日本人はお店に入って挨拶しているか

そんな些細なことでと言ってもうかもしれないが、それだけできっと受けるサービスが変わるのかもしれない。
その「こんにちは(Bonjour)」と言う一言がないだけで、「外国人」と見なされ、失礼のお客様だと思われてしまい、そのせいでサービスに影響することもあるかもしれない。結局人は人…感情によって態度も変わってしまう。

そして、笑顔でニコニコお店に入って挨拶するだけで、たとえその国の言語が話せなくても、色んなことが変わることがあるのだ。たった一言の挨拶が、大きく影響するかもしれない。

日本人は礼儀正しいけど

アジア人差別の話も聞くが、それは決して日本人だからと言うわけではない。それはアジア人と言う大きな括りになっているから、と言うこともある。欧米の人にしたら、私たちがアジアのどこの国の人かなんてすぐ分からないのだ。それは私たちが欧米人を一括りにしているのと同じことだと思う。

欧米人=英語を話す人ではないし、英語圏の人にしたら
イギリス人
オーストラリア人
ニュージーランド人

とさまざまなな国の方がいるし、英語ネイティブという括りなら、他のアジア人も該当する。

南米の方なんて言ったら多くの国でスペイン語を話すが、スペイン語圏の国もかなり多く存在している。私達は南米の人以上、その方の国まできっと見分けることができないだろう。それはアフリカの方然りだ。

アフリカの方に会って
「どこの国?」と聞いても
「どうせ知らないでしょ」という態度をされることもある。けれど私は仕事上で多くのアフリカの方とも交流があったので、認識している(文化まではあまり知らないが)国も結構ある。

そんな中でも、実際海外では日本人の印象は良いことが多い

海外では日本人の礼儀正しさにびっくりすると言う話しも聞くことがあるし、日本人を気に入ってくれる人の話しも聞くことがある。

欧米人には各アジア人の区別が分からないことも多い。もちろん黄色人種、アジア人の差別をする人がいないわけではないから、アジア人だからと差別される事も絶対ないとは言えない。

けれど、自分自身がどこに行っても日本人のままでいるのか、若しくはちゃんと郷に入っては郷に従えでその国の習慣を少しでも受け入れる姿勢ができているのか。その自分の態度にとっても、相手の態度は変わるんだと思うのだ。

自分は人種差別していないか

そして先程言ったように、日本人はアジア諸国の新興国と言われる国の方々を下に見ているのではないかと言う印象もある。
だから、実は自分たちも人種差別などの差別を他者にしていることもあるかもしれない。

実は日本にいる時に、自分とは違うカテゴリの人を受けれないことが多いと感じたことは多々ある。私は日本人だが、海外滞在歴が長く、日本での身分証明証がないことが多かった。外国の学生証などを見せると二度見されたり、不思議な目で見られることもあった。

身分証明証がパスポートしかなく、なんだが外国人のような扱いを受けたことも何度かある。日本も自分と異なるカテゴリの人をあまり受け入れないと言う傾向があるように思うのだ。

自分がしたことは返って来る。日本には人種差別がないのか?

だから、もし自分が無意識にしているそんな差別が、もしかしたら自分に返って来ているのかもしれない。

もしかしたら悪気はなく
「ニーハオ」と言われても、それを人種差別と感じることもあるし、もちろん目を指で細めた顔をされたら、それを人種差別と感じるかもしれない。

けれど、日本だって欧米人を表す時に異常に高い鼻をくっ付けるなんてことをする時がある。でもそれを人種差別と言う人があまりいない印象なのは何故だろうか。

あまりにも高い鼻を気にする欧米人だっているはずだ。又、日本では外国人のモデルさんやエキストラでは目の色や髪の色でギャラが変わると聞いたことがある。

金髪や青い目の所謂外国人(欧米人)らしい人の方がギャラが高いそうだ。それだって生まれつきのものなのに、目の色や髪の色で待遇が変わるなんて、それこそ本来なら人種差別にならないでのだろうか、と不思議に思うことがある。

又、英語の先生も実はネイティブでなくても顔が欧米人なら良くて、私みたいな100%日本人ならダメな時もある。

実は気が付かないうちに日本では多くの差別があるのだ。

人種差別に関する考察、改めて自分の言動を考えよう

ということで…今回はちょっと真面目に…私の独断と経験に基づいた(人種)差別について書いてみた。

私自身は100%日本人だが中身は話す言語によって変わると思っている。そんな私が見た欧米(フランス)とアジア諸国(ベトナム)と日本で感じたことを元に、人種差別について考えてみた。

そんな私は…私だとしかないと思っている。日本人とかフランス人とか男とか女とか…人は思考回路の中で相手を見る時にシンプルにするため、カテゴリー化するんだと思う。

ステレオタイプや一般論はあるにしろ、結局人は人、皆それぞれ違う。

国際化、Globalisation なんて言う今、今一度自分自身の考え方や態度について考えてみるのはどうだろうか。



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