条文解説【 第19条(氏名表示権)】
著作権法第19条(氏名表示権):
「1 著作者は、その著作物の原作品に、又はその著作物の公衆への提供若しくは提示に際し、その実名若しくは変名を著作者名として表示し、又は著作者名を表示しないこととする権利を有する。その著作物を原著作物とする二次的著作物の公衆への提供又は提示に際しての原著作物の著作者名の表示についても、同様とする。
2 著作物を利用する者は、その著作者の別段の意思表示がない限り、その著作物につきすでに著作者が表示しているところに従つて著作者名を表示することができる。
3 著作者名の表示は、著作物の利用の目的及び態様に照らし著作者が創作者であることを主張する利益を害するおそれがないと認められるときは、公正な慣行に反しない限り、省略することができる。
(4項略)」
本条は、著作者に「著作物の著作者であることを主張する権利」を認めるために、自己の著作物にどのような著作者名(実名か、変名か、無名か)を表示するかを決定する権利は、原作品やその複製物についてであろうと、その二次的著作物についてであろうと、そのいずれかを問わず、著作者が有することを定めたものです。ベルヌ条約6条の2(1)には、著作者は、「その財産的[経済的]権利とは別個独立に、当該権利が移転された後においても、著作物の著作者であることを主張する権利(the right to claim authorship of the work)…を有する。」と明記されています。
▶第1項の解説(氏名表示権の意義)
「氏名表示権」は、著作者が自己の著作物の著作者であることを主張するために、その著作物の原作品に又はその複製物に著作者名を表示するのか否か、表示するとしたら実名を表示するのか変名(ペンネーム・雅号など)を表示するのかを決定する権利(その二次的著作物における原著作物の著作者名の表示についても同様**)です。
**(注) 二次的著作物の公衆への提供又は提示に際しての原著作物の著作者名の表示
e.g. 小説(原著作物)→脚本(二次的著作物)→氏名表示
例えば、ある小説(原著作物)を脚色して、脚本が作成されたとします。この脚本は、原著作物である小説の「二次的著作物」(2条1項11号)になるのですが、当該脚本の公衆への提供又は提示に際しても、その原著作物である小説の著作者には氏名表示権が認められます(1項後段はこのことを述べています)。
「著作者名を表示すべきところを表示しない行為(実名又は変名を削除する行為)」はもちろん、「著作者に無断で著作者の実名又は変名を勝手に代えて表示する行為」、「無名・変名の著作物に著作者の実名を加えて表示する行為」などは、いずれも氏名表示権の侵害となります。また、「他人の著作物をあたかも自分の著作物であるかのように装って利用する行為(いわゆる盗作・剽窃行為)」は、著作権の侵害問題になりうることはもちろん、真の著作者名を表示していない点で氏名表示権の侵害問題ともなりえます。
「氏名表示権」については、これを純粋に著作者の人格権利益の保護のためだけに認められていると解するよりも、真実に即した著作者の氏名表示を担保するという意味で、公益上の要請から捉えることも可能です。つまり、氏名表示権については、公表権(18条1項)のように、著作者の同意があれば侵害成立が阻却されることを前提とするような規定(18条2項参照)が設けられていないこと、著作者が他人名義で氏名表示をすること又はさせることまで許容する規定が設けられていないこと、かえって著作者ではない者の実名等を表示した著作物の複製物を頒布する氏名表示権侵害行為については公衆を欺くものとして刑事罰の対象となり得ることをも別途定めていること(121条**)からすると、「氏名表示権は、著作者の自由な処分にすべて委ねられているわけではなく、むしろ、著作物あるいはその複製物には、真の著作者名を表示することが公益上の理由からも求められている」ものと解されます(平成18年02月27日知的財産高等裁判所[平成17(ネ)10100等]参照)。
**(注) 著作権法第121条:『著作者でない者の実名又は周知の変名を著作者名として表示した著作物の複製物(原著作物の著作者でない者の実名又は周知の変名を原著作物の著作者名として表示した二次的著作物の複製物を含む。)を頒布した者は、1年以下の懲役若しくは100万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。』
▶第2項の解説
著作物を利用する者は、その著作者の別段の意思表示がない限り、その著作物につきすでに著作者が表示しているところに従って著作者名を表示することができます(2項)。どういうことかと言うと、著作者が別段の積極的な意思表示(例えば、それまで用いていたペンネームを変更したり、無名表示だったものを実名表示に切り替えたりすること)をしない限り、著作物の利用者がその著作物について「すでにその著作者が表示しているところに従って」著作者名を表示していれば、氏名表示権の侵害とはならない、ということを意味しています。
▶第3項の解説(著作者名の表示の省略)
著作者名の表示は、著作物の利用の目的及び態様に照らし著作者が創作者であることを主張する利益を害するおそれがないと認められるときは、公正な慣行に反しない限り、省略することができます(3項)。典型的な例としては、ホテルのロビーでBGMを流す場合に、作詞家名や作曲者名をアナウンスする必要はありません(作詞家名や作曲者名をアナウンス(表示)しなくても、氏名表示権の侵害に当たりません)。
ここで、「著作者が創作者であることを主張する利益を害するおそれがない」とは、著作者名を省略しても、他の者が著作者であるとか、無名の著作物であるとか、といった誤解・錯覚等を公衆に生じさせないような場合をいいます。また、「公正な慣行に反しない限り」との前提がついていますので、本規定による著作者名の表示の省略が認められるためには、すでにそのような省略行為を容認しうる「公正な慣行」が確立している必要があります。