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私の昭和歌謡136 涙くんさよなら 1965
占領を解かれてはやくも13年まだ戦中の記憶は残る
浜口庫之助の作詞作曲、坂本九の歌。
そりゃ、ヒットするわ。
しかも、その歌詞は「この世は悲しいことばかりだから、涙くんなしでは生きていけそうもない。」その涙くんに、自分の恋を打ち明けてるんだ。
手が込んでる。なのに、ごく自然に受け入れられるし、口ずさめる。
ハマクラは天才だ。
人々の記憶に、大東亜戦争の傷跡が消えない昭和40年。それでも日本人は一生懸命だった。日本人が同じ思いを胸に、毎日をがんばっていた。
出陣して帰国した男たちは、負けた悔しさに、平和の安堵と喪失に、日常の辛さに、何度隠れて泣いたことだろう。
夫を亡くした女たちは、子供を育て生きるために、涙も流さず耐えていたことだろう。
この歌は、そんな戦中派の次の世代が主人公なんだ。団塊ってこと。
ああ、団塊世代。日本をダメにした団塊。
正確に言うと・・2025年に76歳から78歳。昭和22年〜24年生まれ。
人口の割合では、ダントツに圧倒的に多い団塊世代には、多いんだから、色々な人がいるだろう。でも、時代は急激に平和が大事だという風潮にさせられた。だから、若者だった団塊の思想や生き方は、おのずとお花畑となった。
父母がどんな思いで大戦を乗り越えてきたかも知らずに、団塊の世代は平和を愛した。恋をして、自分勝手に生き、親の面倒も見ず、共産党に憧れる輩も出た。
そんな子供たちを主人公にした、明るい童謡のような歌を、戦中派の人々は、きっと「ああ、平和になったんだな。」と受け止めざるをえなかった。
でも、この歌が悪いわけじゃない。70年経って聞いてみれば、今の時代を予言したかのような歌詞がある。
🎵だけど僕は恋をした すばらしい恋なんだ
だから しばらくは 君と逢わずに暮らせるだろう🎵
ほら!ハマクラだってわかってる。
「しばらくは」と歌ってるだろ。
すごくいい娘と恋をした70年は終えたんだ。
その楽しい時期は終えて、これからの日本はまた涙くんとのお付き合いってことだ。
仕方ない。歴史は繰り返される。
戦争がない時期が平和だってことだ。
どんなかたちの戦争になるかはわからないが、これから100年は、私たち日本人は戦争の時代を日本を守る意思を強く持って、生きなきゃいけない。
長い歴史から考えれば、日本にとっての100年なんか短いもんよ。平和を味わったことがない国や民族ばかりだ。
平和の恩恵を預った団塊世代にはムッとするけれど、日本人の誰かがどこかの時代に自由や平和を堪能できたことを、ま、よしとして、戦おう。
この歌の「あの娘」はいない。恋の時代は終えて、また涙くんを友だちとする時代が来たんだと思う。
でも、いいじゃないか。
また「あの娘」には出会える。
今の私たち日本人が、大戦をたたかいぬく気概を持てば、諦めない気持ちを持てば、もっと理想の「あの娘」に会える。
その未来のために、この歌は聴きたい。歌いたい。
【参考資料】
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