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貧血

30代。山手線をほぼ半周して品川まで通勤していた。
朝のラッシュで、当然、座れない。押し合いへし合い、なんとか居心地の良いポジションを確保しながら、約30分。

当時は若さにかまけて、あまり朝食を取らなかった。それが良くなかったのだと思うけど、とにかくやたらと貧血を起こす。いわゆる脳貧血というやつで、血の気が引いて、脂汗が出て、とても立ってはいられない状態になる。

10年以上前の話なので、その当時はまだ、駅のホームにはベンチ式の椅子があった。今はひとつひとつ、肘掛けがあって、横になることはできないけど、あの頃のベンチシートは私の友だちだった。

品川まで耐えられるときもあれば、途中で下車してベンチで休むこともある。5分も横になっていればたいてい治まるので、それからまた電車に乗って無事出社。いつもゆとりを持って家を出るようにしていたので、遅刻はしなかった。

一度、少し我慢してしまったせいで症状がひどくなって、次で一旦降りようとドアの前にへばりついていたのだけど、どんどん気分が悪くなって、頭痛とめまいと吐き気で、倒れる寸前だった。
電車がホームに入るとき、ベンチの場所を確認する。ドアを出て、左側。大丈夫、たどり着ける。

プシュー、とドアが開き、先頭でホームに降りる。しかしその時点で限界だった。眼の前が真っ暗になって、目を開けているのに何も見えない。私の他にも降りる人がたくさんいたので、押されながらふらふらと歩いていたら、ホームの柱に激突した。

「大丈夫ですか?」
そのとき、女性の声がして、私の身体が支えられた。そのときは何しろ目が見えていないし耳鳴りもしていたけど、肩を掴まれた手の感じから、それはたしかに女性だとわかった。

その人は私をベンチに導いてくれた。「ありがとうございます」と言ったつもりだけど、自分の声もよく聞こえなかった。
その人は少しの間私の身体をさすってくれて、心配していたようだけど、横になったことで少し楽になって、「休んでいれば大丈夫です」と伝えた。そこでその人とは分かれてしまったので、もちろん顔も年代もわからないけど。

そのことがあってからは、絶対に無理をしないと決めた。少しでも危険を感じたら早めに電車を降りるように心がけた。おかげであのときよりひどい状態にはならずに済んだ。

それでも、朝の山手線だからできたこと。電車は3分と間を置かずやってくるから、途中下車してもすぐまた乗れる。田舎の電車なら、その一本を逃すと遅刻確定、なんてこともあるだろうから。

とはいえ、田舎の電車ならぎゅうぎゅうの満員になることもないだろうから、それほど具合悪くならなかったかもしれないけど。

ところで山手線は内回りに乗っていたのだけど、大崎から品川の間は3分ある。この3分が曲者で、これに泣かされたことは何度かある。

気分悪いな、でもあと少しだから耐えられるかな、と思いながら電車に乗っている。駅と駅の間は約2分。ここで降りそびれても、2分耐えれば次で降りられるから。

大崎の次が品川。大崎まで来たときに結構やばいかも、と思いながら、でもあと一駅だから、と我慢する。
でも、残念ながら次は2分じゃなくて3分の道のり。この3分が尋常じゃなく長く感じる。2分と3分は、えらい違いだ。まだ着かない、まだ着かない。え、まだ着かないの?

結局、品川駅で休憩することになる。

今日、クイズ番組を見ていたら品川-大崎間が山手線の駅間でいちばん長いことが出題されていて、「これは知ってる!」と思った。実体験で。

大崎で降りていれば数分で済んだ休憩が、症状が悪化したので10分以上休む羽目になったことも(品川はターミナル駅なので休める場所が少なく、しゃがみこんで休んだ)。

何度か職場を変わり、少しずつ家から近いところで働けるようになったので、途中下車することもなくなった。

そして実家へ越して、通勤はバスになり、乗車時間は7分ほど。座れることも多く、さすがに貧血にはならない。

たまに、期初や期末の長い朝礼(10分以上)があるとき、血の気が引いてしまうことも未だにあるけど。

どうにかこうにか、つきあっていくしかない自分の身体。

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