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分析は打ち手の粒度に合わせないと意味がないという話
社会人になって20年近くなるが、一貫としてデータを分析するという仕事をしてきた気がする。
リサーチ結果のクロス集計にはじまり、多変量解析、テキストマイニング、新手法の開発や、ジャパンの広告費の算出、CRMやらオウンドメディアやECサイトの流入流出、売り上げの構造や市場構造の分析、果てはトレンドの予測などなど、世の中にあるマーケティング系の分析と言われるものは大半は経験したのではないだろうか?もちろん、得手不得手はあるし、やっていないものもいっぱいあるだろうけれど、世の中の人の大半が”分析”として思いつくものはほとんど経験した気がする。(気がするだけ)
業種、業界なども幅広くやった。電力やガスなどのインフラや、携帯電話や回線、自動車、鉄道、飛行機、アルコール、タバコ、住宅、不動産、金融、政党、食品、化粧品、トイレタリー、球団などのスポーツ団体、労組、出版などなど順不同で思いついたものを挙げてみたがもっとあった気がする。あ、アパレルやECサイトやSNSや病院などもあったか。
今はメーカーにいるので、所属しているカテゴリーしかやることはないが、これまでの会社達はマーケティングサポートの会社だったのでクライアントの種類は豊富だった。
さて、本題のタイトルの話。既に片足を老害に突っ込んでいる身からすると、インターネットの普及に連れ、というかデータの取得可能性が大きくなるに連れ、分析と打ち手の乖離が大きくなっていると感じる。
結論から言うと、
自分たちが取り得る打ち手の粒度と合っていない分析は無駄である。
これ以上でも以下でもない。
月別で打ち手が打てないのであれば、分析の粒度は月別で十分だ。それ以上の日別、時間別、リアルタイムは不要である。というか、寧ろ害悪でしかない。
断わっておくが、分析とモニタリングは別だ。
常にモニタリングをしていて、何か起こった時に素早く分析をして原因を把握することはとても大切。むしろ、した方がいい。今すぐしろ!
ここで言っているのは、自分たちが施策として手が打てる、チューニングできる、修正変更強化ブーストできる粒度がリアルタイムであれば、リアルタイムでやればいいし、月に1回しかできないなら月1回で十分だということ。
よくツールベンダーの広告に、
これまで10時間かけていた分析が30分で完了!空いた時間をもっと考える時間に!
的なものがあるが、あれは嘘だ!人は空いた時間を埋めないと気が済まない。30分で作業が完了するなら、残りの9時間30分はひたすら10時間の仕事を30分かけて、10時間やらせるようになるだけである。
まあ、言い過ぎのことはあるけど、これが世の中、色々と便利に簡単になったのに全然楽にならない原因の一つである。10時間の仕事を30分で終わらせて、9.5時間遊んでていいとか(サラリーそのままに)、30分で10時間分の対価を払って、残りの9.5時間で更に仕事をすれば対価をプラスでもらえる社会になれば、ハッピーな社会になるのに(個人事業主はそういう面があるけど)。仕事が凝縮されて重くなっているのにサラリーは変化しないから社会は閉塞感に満ちている。
話がそれた。
月1回しか打ち手のタイミングがないのに日日の分析をしても、その変化の粒度と打ち手の粒度がかみ合わない。でも、人の心理としてより細かく見れるものは細かく見たくなる。できる限り細分化したくなる。でも、その細分化した結果に得られるものは、、、
苛立ち
である。良くても、悪くてもそのタイミングでは手が打てない。指をくわえて見ているだけである。そして、ようやく手が打てるタイミングまで来た時には、その細分化された結果を生かすことができない。
1粒で2度苛立てる!
偉い人は機嫌が悪くなる。担当者は怒られる。誰もいい気分にならない。悪循環。
繰り返すけど、細かい粒度で手が打てるのならいくらでも分析は細かくすればいい。人手を増やしてもいいし、ツールを入れてもいい、AIを導入したっていい。
でも、それができないうちは、データが細かく取得できようが、分析は打ち手の粒度に合わせないとみんな不幸になる。
もう一度、繰り返すが分析とモニタリングは別だ。
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