前野健太ライブレポート
人生は愛おしい、そう教えてくれる”偉大な生活者”、前野 健太。
8枚目となるニューアルバム『営業中』を引っ提げ、仙台で最高のライブパフォーマンスを披露!!
前野健太とは
シンガーソングライター、俳優。
1979年2月6日生まれ、埼玉県入間市出身。2007年『ロマンスカー』によりデビュー。ライヴ活動を精力的に行い、「FUJI ROCK FESTIVAL」「SUMMER SONIC」など音楽フェスへの出演を重ねる。俳優活動においては、主演映画『ライブテープ』が第22回東京国際映画祭「日本映画・ある視点部門」作品賞を受賞。NHK大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』他、TVドラマ、CM、映画、舞台に出演。エッセイ集『百年後』を刊行するなど、文筆活動にもファンが多く、他アーティストへの楽曲・歌詞提供も行う。
(前野健太オフィシャルサイトより)
前野健太 8th ALBUM『営業中』発売記念ツアー 宮城へ行った/クールマイン的見聞録
日付:2025年1月26日(日)
会場:仙台 retro Back Page
天気はくもり
マエケンさんの生歌を聴けるのは個人的に前回のアルバム発売記念ツアーとなった、「前野健太『ワイチャイ』発売記念~東北六県の旅~」以来。あれが2022年の9月だったというのが、にわかに信じられないぐらいに時の流れの早さを感じている。
過ぎゆく時の中、前野 健太というアーティストは時に俳優業もこなしながら地道に旅を続け、ギターを爪弾き、メロディを口ずさみ、ペンを取っては愛用のツバメノートに歌詞をしたためる日々を重ねて来たに違いない。
そして本日、15年ぶりに"完全一人多重録音"作業にて完成させた、”謹製”とも言える8枚目のアルバム、『営業中』を携えて、再びこの地を訪れた現代の吟遊詩人。期待と微かな興奮で少し落ち着かない自分がいた。
開場時間になると、次から次へと鮨詰めのエレベーターからお客さんがやって来る。急に賑々しくなった会場。充実したツアーグッズの数々を手に取り、皆微笑ましい表情をしている。この日は記念として、仙台公演限定オリジナルチケットが入場券と引き換えに、来場者全員に配布された。
開演時間となった。
会場は1983年創業の老舗のダイニングバー。古き良きアンティークにこだわった店内は、マエケンさんが歌うのに打って付けのアダルトで落ち着いた雰囲気でたっぷり。
色鮮やかなシャツで颯爽と登場すると、客席の右手・中央・左手側と、三方向にそれぞれ一礼。まるで侍か武道家のような美しさ。精悍なお顔立ちとギャップのあるヌルっとしたMCで場を軽く解し、前作の最後に収録していたアルバムタイトル曲、『ワイチャイ』からのライブスタート。心地良い低音で喉仏は鳴り、早速聴衆が心を掴まれていく様子が見て取れる。続けた歌は新譜の実質1曲目、優しいアルペジオで始まる『寝ながらメガネ』。ここですぐに、終わりと始まりを繋げた構成だ!と気付けた。過去と未来の橋渡し・バトンの受け渡し。音の旅は地続きであるとマエケンさんからのパスを全員で受け止めた。
柔らかな物腰と軽妙な語り口でお客さんをドッと笑わせながら、どんどん歌は紡がれていく。伸びやかな美声、時に凄みも感じるぐらいの声量に圧倒されながら。
旅の途中、道すがら拾い集めた言葉やメロディもマエケンさんの大きな魅力だ。「いついつどこで」と曲が誕生したエピソードなんかも生の喋りで紹介してくれるので、やはりライブというものは最高なのだ。
ユニークな歌の数々からは、温かな人情やペーソスを感じる。そればかりか歌声に乗せて描かれていく街並みや、心象風景が脳裏に浮かんで来るのだ。古びた繁華街にある喫茶店の珈琲の香りや、地元民に愛される地方都市の人情居酒屋のビート、裏路地にある場末のスナックの水割りの濃さを想像しながら歌を楽しんでいる。生活を見返し、愛そうという気持ちが湧いて来る。新譜から披露した『ながた屋の大将』に出て来る”偉大な生活者”というフレーズは秀逸だと改めて思ったのだった。
生活と言えば、果たして自分の生きる世界と繋がっているのかと甚だ疑問に思えてくる「お偉いさん」達の暮らし。今のこの世の中、閉塞感から厭世的になったりする事は少なからず誰しもがあると思う。だが延々とただ愚痴っていたり、足の引っ張り合いで憂さ晴らしするのではなく、お偉いさん達もだけど、君も「もっとやる事あるよね」と語りかけてくれ、ちゃんと軌道修正してくれる『ニュースはゴメン!』は美しく、感動的な曲だ。よく通る声は随所で琴線に触れ、呼応するように客席からは「ヨッ!」という大きな掛け声も飛んでいた。
『営業中』発売記念ツアーは続行中につき、ネタバレ防止の為に泣く泣く割愛するが、たまらない逸話や裏話も多いので、ぜひ各地で楽しんでいただきたいと思うところ。
少しカバーコーナーを挟み、ひとしきり大笑いさせられた後、ご当地ならではというか、宮城との縁を気にして、昔の曲もやってくださった。2013年に発売された4枚目のアルバム、『オレらは肉の歩く朝』に収録の『興味があるの』という曲だ。宮城県仙台市出身の映画プロデューサー、岩淵 弘樹さん(作家・演出家・役者・俳優・映画監督・映画/TVスタッフ)がこの曲のミュージックビデオを制作しており、ロケは七ヶ浜町で行われている。激しく火花を散らしながら切なく歌い上げるラブソングは圧巻。大きな拍手が自然と巻き起こっていた。
かと思えば前野 健太主演映画作品(企画・原作:みうらじゅん 、監督:安齋 肇)『変態だ』の爆笑長尺エピソードで笑いの渦に舞い戻る。(今日の来場者で鑑賞済の方は少ない様子でしたが、自分は大好きな作品です!)一時期お隣韓国でも話題になったという逸話から前作『ワイチャイ』収録曲『マシッソヨ・サムゲタン』を熱唱!フロアを激しく踏み鳴らし、声を枯らさんばかりにシャウト。コール&レスポンスも巻き起こし、場内は大盛り上がり。食文化を通じて世界平和を願う、マエケン流ピースソング。最高の変態紳士はホットな韓国料理を食べた後のように火照っていた。
外も少しずつ日が落ちて来る。
簡単にはリクエストに応えてくれないリクエストコーナー(笑)で過去のアルバムからも数曲。新しいファンはなかなか古い曲を生歌で聴く機会が少なかったりするものだが、ファン想いの粋な試みと感じた。
そして街にネオンが灯る頃、PAさんに「国分町が燃えちゃうようなセクシーなリバーブをください」と注文し、2011年、3枚目のアルバムから名曲『ファックミー』などを熱唱。激情が歌に取り込まれて、夜に染まっていくようだった。
再び新しいアルバムの曲並びへと戻り、何気ない日々の暮らしの切り取りを広げていく。東北の冬は長いから、今作の数曲から感じた夏の爽やかさが殊更待ち遠しくなるのだった。
ストリーテラーの素晴らしいショーは佳境を迎え、アルバムタイトル曲の『営業中』が歌われる。音源ではピアノとハンドクラップ、ゴスペル風のコーラスから始まるこの曲。引き語りライブではどんなアレンジになるのか密かに楽しみにしていたが、ハーフミュートでギターを「ズンズンズンズンズン」とバッキングしていて、メチャクチャにカッコ良かった。ちょっとロックも感じたりして最高だったなぁ…..。
本編ラストはアルバム同様、『温泉町の恋』でしっぽりとした叙情で締める。万雷の拍手に包まれながらステージを後にするマエケンさん。
と、踵を返し、すぐさまステージへ帰って来てくれた。
「こういうのは短い方がいいですから。皆さんも疲れちゃうでしょ?」
そう言うとアンコールで珠玉の名曲群を続けざまに披露していた。
せっかくの機会なので、最後にその中で1曲だけレポートしたい。
お店に置いてある名器スタインウェイのピアノの前に立ち、「ピアノに触れないでくださいって書いてますねぇ」なんて言いながら静かに椅子に腰を掛けた。おもむろに鍵盤に指先を躍らせ、4枚目のアルバム『オレらは肉の歩く朝』収録の『東京の空』をなんとピアノで生声弾き語り!!特別なアンプラグドライブもあり、今日集まってくださった皆さんはラッキーとしか言いようがない。しかも歌詞の”東京”の部分を”仙台”に変えて、「仙台の空は 今日もただ青かった」と歌ってくれる演出。マエケンさんから会場の皆さんへの愛と感謝だったのではないだろうか。
最後は客席をあちこち練り歩きながら歌い、大団円。こうして前野健太 8th ALBUM『営業中』発売記念ツアー 宮城は無事幕を下ろした。
終演時のSEで、レトロバックページの中でマエケンさんの好きなボブ・ディランの『My Back Pages』が流れた。お店の名前の由来とは直接的な関係は無くとも、こういう結び付きで物事を捉えるアーティスト性が大好き過ぎる。
そしてこの曲ではこう歌われている。
これってマエケンさんの曲で言えば『今の時代がいちばんいいよ』だし、大切な事を思い出させてくれた気がする。
近頃は無意識に若い時は良かったと思ってしまう場面も多くなる一方だけど、自然体でこういられるようにしようと。
だいぶ余談になるが自分はRAMONESというバンドがこの曲をカバーしていて、「原曲を聴きたい!」という衝動から、ルーツを辿る為にボブ・ディランのアルバムを買いに走った高校生の時の思い出がある。あの時の自分より今の方がずっと若いよ。少し強がりでもそう笑えたら素敵じゃないか。
マエケンさんが”仙台の空”と歌ってくれたおかげで、会場に向かう時にはくもりだった空も、帰り道には青空のように感じながら駐車場へと歩いていた。間も無くしっかりと夜だというのに。
人生は愛おしい、そう教えてくれる”偉大な生活者”のひとり、前野 健太というアーティストの歌を『100年後』も聴いていたい。