シンガポールから日本へ帰国した私のお話(2)
はじめに
海外在住歴20年、独身の50歳が、多くの不安と共に日本へ帰国。海外では、日本人のコミュニティとは仕事以外にほとんど接触がなく、病院や生活環境は全てド・ローカルの土壌で生活し、ほとんどの友人がシンガポール人をはじめ、アジア人、欧米人の友人と人生を過ごしてきた私が、どのように帰国を決め、日本の生活に慣れていくのか。私の経験が同じように悩んでいる人への何かの助けとなることを祈り備忘録として綴っています。
帰国後の生活はどのように計画していたか
1.住居
まず、住む場所。私は、一旦実家に住まわしてもらうことにした。というか、両親の世話をしなくてはいけなかったので、同居させてもらわざるを得なかった。しかし、コロナ渦数年前にパートナーと別れ、コロナ渦に一人暮らしだった私。考えてみれば20年以上、一人暮らし、パートナーと同居してきた私にとって、今更家族と一緒に住むって、大丈夫なのか。そしてインテリアや食器が好きな自分が、実家のインテリアの中で暮らしていけるのか。
(結構、小さなことで悩んでいた。インテリア、食器ごときが悩みになるなんて・・でもそんなことも懸念の一つだった。)
家を借りる?まだ日本で職もないのに? 家を買っちゃう?いやいやお金もないのに?
結局どうしたか・・やはり帰国を決めた理由、両親の世話をすることなので、実家に戻ることに決めた。決めた、と偉そうに言っているが、実際は、私は実家に置いてもらうのだ。だから両親に感謝しなくてはいけなかった。
2.仕事
私はシンガポール現地法人で働いていたが、帰国1週間前に退社した。フリーランスでの仕事もあったが、生活をしていけるほど稼げるものでない。はて、どうしよう。しかし、帰ると決めたので、まずは帰国しよう。
日本で職がないのに帰国。帰国前に仕事を見つけず帰国。しかもこの年で仕事なんて見つかるのか。アルバイトか。ずっとフルタイムで働いてきたのに、アルバイトって?いやそんな贅沢も言ってられない。アルバイトだって年齢制限はある。うーん、どうしよう。
時々思うのだが、私は意外と楽天家だったりする。(アホなのかもしれないが)今回に限ったことではないが、割とそういうことをする。
「なんとかなる」
そう強く信じると、動いた矢先に「なんとかしよう」と火事場の馬鹿力と言おうか、なんとかなってしまう経験が多かったからか、まずは動いてから考えましょ、みたいなものが、散々悩んだ末に出てくる傾向にある。今回もそうだった。
しかし相当悩んだのも事実である。ネットで「50代、日本帰国」と探すと、絶望的な記事がたくさん載っている。あちゃー、こりゃどうするかな・・
(今の50代、それなりに結構使える人も多いのである。<<私のことはともかく>>。時代が変わっていてくれることを願うよ、ほんとに・・)