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クールな街にも日は沈む 「かふひぃ・あかねや」  Chapter-2

それからの小一時間。
ビックバンに始まり、膨張し続ける世界と、どこまで行っても終わりの無いフラクタル社会の縮図について、つっこんだ討議が為された。
小一時間で終るには、あまりにも遠大なテーマだったが、
要約すれば、こんなことだ。

・・・
ある幸せな家族がいる。
(、、、この幸せというやつが、くせものなのだが)
両親と子供が一人。
もちろん男の子。
小さい頃から利発で素直。
将来を嘱望されている。

しかし、父親は日々忙しく留守勝ち、当然の帰結として、夫婦仲は冷え込んでいる。

ある時、母親が初恋の人と偶然(あるいは、必然)再開する。

本当は、何も無かったのだが、夫への腹いせに日記にあらぬことを書き連ねる。
それは、自身の慰めともなっていたのだが、日記の宿命として、人の目に触れることになる。
それも、一番望まぬ人の目に。
(いや、内心のどこかでそれこそ望んでいるのだが)

夫は、逆上して、妻を攻め立てる。
割り込むのは、その二人のかけがえのない息子だ。
ついつい弾みで殴りつけてしまった父親は、これまたついつい弾みで、食卓の上のついさっきまで自分が使っていたフォークで、最愛の息子に刺されるはめになる。

お互い、何が起こったのか信じられない。

人生というものを感じることなく生きてきた息子は、感じる前に、その破局を知ることになる。
そのまま家を飛び出した宏一は、二晩というもの、夜の繁華街に潜り込もうとしたが果たせずに、ついに先週、この街外れの“あかねや”に辿り着く。

水が違い過ぎたのだ。
夢中で飛び込み、もがいた末、息を吸うため顔を出したのが、この街、この街外れ。

幸い、父親の傷は軽傷で、親友の内科医に傷の処置をしてもらう。
専門など、問題ではない。
坊主と医者は知っておいたに越したことはないのだ。

妻は、夫に真相を説明し、心から謝罪をする。
破局へと突き進もうとしている車のブレーキを、目一杯に踏みつけた。
今ハンドルを握っているのは自分だし、乗っているのは最愛の家族だった。
バックミラーに映るその二人の笑顔が愛おしい。

当然のように、夫婦間の和解が成立。
前にも増してその絆は深く、弁護士どころか、司法書士の出番さえもない。上がったりだ。

そうして、私の目の前に登場。
息子を迎えに足を急ぐことになった訳だ。

穏やかに落ち着いた母親の話を聞いて、宏一は安心したようだった。
頼りないものに思えた世の中の、その成り立ちの何と強固なことに。

「それにしても、どうしてここが分ったんだよ」
という私の問い掛けには応えずに、
母親は、ただマスターと穏やかな笑顔で見つめ合っていた。

その晩、「仕方ないな。フラフラじゃないか、二階の空き部屋を使え」と言ったマスターの、その見てくれとは裏腹のやさしい言葉に安心して眠り込んだ青年の持ち物を、マスターは、抜け目なく調べたのだ。
さすがに、学生証の名前を見た時は驚いた。
先日、事の発端となった再会の際、尽きぬ想いを隠すように、饒舌に家族のことを語る彼女の口から、子供のことはもちろん。
その名前までも聞いていたからだ。
(マスターの名は、「宏」(ひろし))
そうしてみれば、紛れも無い彼女の面影もあった。
そして、これも彼女との運命(さだめ)と諦め、学生証の連絡先へと電話を取った訳だ。

出てきたのは、不安と焦燥でそのトーンは変っていたとはいえ、
忘れる事の出来ない、懐かしい声だった。


・・・(続く)


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