【小説 喫茶店シリーズ】 Ⅰ. 純喫茶「風車」 (vol.6)
二週目は「概説」となっていたので、敢えておさらいするまでもないなと、前夜は、何も準備していなかったばかりか、違う小説を読んでいた。
だからだろうか、罰が下った。
朝、激痛に見舞われた。
両足の脛が鋼のように硬直し、つまさきから足の甲までが、まるで違う生き物のように弓なりに曲がったまま、足を伸ばそうにも曲げようにもどうにもならない。
未だ意識がハッキリとは覚めていないので、「これは夢だ。夢なんだ」「夢であってくれ!」と、自らに暗示をかける。
それでも堪らず、「あぁ〜。神さまお許しください」と何度も許しを請う。
しかし、助けは得られない。よほど罪深いのだ。
こんな激しく足がつったのは、初めての経験だった。
あまりの痛さ辛さに身動きできず、布団の中でさめざめと泣いた。
こんなに泣いたのも久し振りだった。
まだふくらはぎに痛さが残る足をひきずり、一歩一歩「風車」の階段を登った。
つらい登山のように、踊り場から上はよじ登るように両手で支えながら、ようやく登り切ったところで、
ミュージック スタート!
重苦しいキーボードのコードに、官能的なギターが絡む。
ウン?
・・・これは、
サンタナの『天の守護神』だ。
一曲目のこの曲は、
確か、『風は歌い、野獣は叫ぶ』
間違いない。
・・・中学の冴えない(と、みんなから思われていた)級友が、卒業の近い消化授業中のある昼休み、
「こんな怠惰はイヤだ! 僕は忙しいんだ」と叫けび、放送室に飛び込んだかと思うと、このLPを大音量で流して一躍学校中のスターになった。
彼は野獣のように叫けび、歌は風のように流れた。
突然ぶっ壊れたのにはみんなビックリしたが、この曲のカッコよさに拍手喝采で、その後、そのLPは人から人へと回し聴きされ、結局、卒業時点で誰の手元に有るのか解らなくなってしまった。
彼は、それが故か、卒業式では一番泣いていたっけ。
スター在位は短期間に終わったが、その後、彼がどうなったのか?
とんと聞かない。
もうこの街にはいないはずだけど、彼とそのLPの行方は杳として知れない。
それでもとにかく、このサンタナの曲は、みんなの心にしっかりと刻まれて残った。
その点は彼の功績だし、懐かしい想い出だ。
・・・などと、浸っている場合ではない。
今の、この現前の状況をどうすべきか。
次の曲は、『Black Magic Woman』だぞ。
一瞬、「このまま帰ろうか」とよぎった。
が、響子さんが、ドアのガラス越しに腕を組んで立っている。
・・・目が合った。
「何か怒ってる」・のか?
「どうしようか」
と思ったって、既に、人生の呪縛の罠に絡め取られている僕は、ヨロヨロ引きずられるように中に入っていった。
「遅いっ!」と腕を組んだまま言う、黒魔術師。
「ごめん。今朝、大変なことがあって」と、
七転八倒18歳男子が泣きわめいたことを説明した。
ほら、まだこんなに硬くこわばってる。と脛を触って見せたりしても、
「ふんっ。そんなこと、男の子が何よ」「わたしなんかしょっちゅうだわ。こうして立ち仕事してると、職業病よ!」
と、まるで僕がそうさせてでもいるかのような。
火に油だった。
それにしても、どうも様子がおかしい。今日のこの選曲も変だし、どうしたんだろう。と思いつつも、追求するのがコワイ。
僕はまだ18歳だ、責任は取れないよ。
と内心、自分を都合よく卑下して、知らぬ振りを決め込んだ。
(つづく)