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婚活でデート商法に遭遇した話。⑦
気付けば7回目にまで突入してしまいました。
今までの投稿分はこちらです。
Kにまんまと(?)ジュエリーを購入させられた私は、Kに連れられショールームを出た。
ノルマを達成出来たためか、Kは明らかに上機嫌だった。
そして「ちょっといい?」と、ショールームの入ったビルの1Fにあるコンビニへ一緒に入り、入り口すぐ横のコピー機の前に立つと
「免許証ある?」
聞けば、私の本人確認書類をコピーし、ローン会社へFAXしたいのだという。
躊躇った。それはもう躊躇った。こんな奴に証明書も見せたくないし、コピーも取らせたくない、手元に置かれておきたくない。
しかし無理やりとはいえ、先ほどばっちり書類を書いてローンを組んだので、その手続きにはどうしても必要なのだから、拒否はできないだろう。それに今逃げたらそれこそどうなるか分からないと思い、素直に従った。
Kは口頭で「使った後はちゃんと破棄するからね」と言った。
こういうのって普通書類とかで誓約するもんじゃないの?まぁKには何を言っても無駄だろうけれど。
こうやって私はKに個人情報も握られてしまった。
「じゃ今からどうする?」
コンビニを出てKは言った。
精神的に疲れ果てた私が、いやいやもう帰ります、と言いかけたところ
「涼ちゃんお酒好きなんだよね。良かったら飲みに行かない?」
「え、でも仕事は…?」
「さっき後輩に任せてきたから大丈夫」
そうなのだ。私がローンを組み終えた後、恐らく事務処理でもあるのだろう、Kの後輩だという若い男性がやってきて、例の怪しいパーテーションの裏で何か作業をしていたのだ。多分色々段取りがあるんだろうなぁ…。
断ったら怒りそう…とも思ったし、悲しいかな、私の肉体も、一刻も早いアルコール摂取を欲しており
「じゃあ少しだけなら…」
と、Kと酒を飲み交わすことになった。
Kという人間が、これ以上何をしてくるのかという興味も少なからず残っていた。
少なくとももう勧誘されることはないだろうし、危なくなったらその時は何としてでも本気で逃げようと思った。
時間は16時より少し前くらいだったと思うが、飲み屋街はしっかり昼から(お店によっちゃ朝から)営業している店が多い。この辺は本当に安くて美味しいお店が多く、そしてKは職場の近くということもあると思うが、思いのほか店にも詳しかった。
行きたいと思っていたマニアックなバーも行ったことがあると言ったし、そんなバーの集まる商業ビルにも行くと言っていて、時間と金に余裕があればそのビルに通いたいと思っている私は、Kが羨ましいと思った。
そんな話をしながら、とある居酒屋へ。
一瞬Kとお店がグルだったらどうしようとも思ったが、小さいながらも私の知ってるチェーン店だったし、私がそこがいいと言ったので、大丈夫だろうと入店。
ちょっとやそっとでは酒は回らない体質なので、酔い潰されてどう…ということはまずないと思うが、軽めにチューハイを飲みながら雑談。
しかし何かあっても困るので、極力席を立つことは控えた。こんな状況だし、用心深くして損はないはずだ。
Kは互いに近い地元の話や家族の話をしてくれたし、あれだけ独りよがりで色々喋っていたのに、私の話も聞く体勢になっていた。
地元は近いのに、共通の知り合いもいるはずであろう小学校・中学校の話はほとんどなかった。
話を振ってみたけど、ローカルトークもそこそこに話はすぐ切り替わってしまう。
一番盛り上がりそうなのに、なぜだろうと少し考えた。
後ろめたいような仕事をしているためかとも思ったが、それならまず私から離れていくと思う。多分、地元に思い入れはない人なのだ。
勧誘時に聞かされた身の上話は少々は盛っていたのだろうが、恵まれた家庭環境では育っていないのは間違いないのだろうなと思ったし、あくまで私の想像ではあるが、地元にも決していい思い出はないのだと感じた。さすがに地元が近いのは偶然だし、そこは嘘はつかれていないだろう。
Kと仲良くしようという気は甚だないが、こうして話していると根は悪い人間じゃないのかもしれない。やっぱり環境というものに人は左右されてしまうのだなぁ、こんな恨まれるような怪しい仕事しちゃって、もったいないなぁとしみじみ考え、Kには一抹の同情を覚えた。
まさかカモに憐れまれているなんて微塵も思っていないであろうKとの雑談に励んでいる(義務のようなもんだからホラ)と、突如Kが
「あっ、ちょっとごめん」とスマートホンを手にし「もしもし」と耳に当てた。
Kに誰かから電話がかかってきたようだ。私は己の心臓の鼓動が少し早くなるのが分かった。
Kは相手の話にうんうんと相槌を打っていたが、だんだん顔が曇っていく。
何を話しているんだろう?私の想像していることが起きているんだろうか。
数分の通話を終え、スマホをテーブルに置くと、Kは私に向き直った。
「あのさ、めっちゃ言いづらいんだけど」
「どうしたの?」
「さっきのローンさ、ダメだったみたい。その、審査落ちだって…」
ほら来た!
Kは申し訳なさそうな、口を濁すような言い方だったが、私はそれを待ち望んでいたのだ。私はこの瞬間勝ったと思った。
欲しくもないジュエリーなんて買わなくていいのだ!
マッチングアプリで勧誘に引っかかったという実に情けない、だがきっとネタになるこの話を、私は周りの友人たちに鬱憤晴らしも兼ねてネタとして暴露していた。
適当に断ってたら買わなくて済んだよ~でも怖かったよ~と軽く宣っていた。
真っ赤な、とは言わないがそれは嘘だ。
恐らく、世の中のデート商法の業者はそこまで甘くない。何が何でも高額商品を買わせることに必死で、あの手この手でどうにか購入させようとしてくるはずだ。
ではどうやって私は買わずして終えたのか。
収入に見合っていないローンは決して組んでいないのに。
友人に言えないくらい、勧誘された以上に非常に情けない話だ。
遡ること1ヶ月ほど前、諸々の事情により過去の未納であった税金を一気に清算していた私は、ずばり金がなかった。しかし計画性のない生き方をしているので、年始のバーゲンでアホみたいにばっちり散財してしまうが、そのクレジットカードの支払いは当然しっかり請求された。請求されたけど、雀の涙程度しか残っていない残高では引き落とされなかった。そして遅延、からのカード会社から催促の連絡……。
しかしないものはないので、カード会社に泣きついて、未払いの残高はリボ払いにしてもらったのだ。
つまりは信用情報に出来たばかりの傷があったのである。
カード代を延滞し、翌月に持ち越してリボ払いするような金にルーズな人間に貸す金はないと、ローン会社は正常で賢明な判断を下したのだ。
怪我の功名とは、正にこのことだと思った。
勧誘に勝った!自分が心底情けないけど勝った!…しかし表情に出してはいけない(出てた可能性は大きいけど)。
「何か払ってないお金とか、ある…?」
Kも予想外の事態だったんだろう。動揺を隠せない表情で聞いてきた。
「ないと思うけど…なんでだろう?わかんない」
わかんないはずはないのだが、とりあえず「分からない」「どうしよう」で通した。というか押し切った。
Kはしばらく考え込み
「じゃあ、〇〇ってスマホで調べてみて!」
と、有名ローン会社の名前を出してくるではないか。
「え、何で…」
明らかな愚問だけど、そう聞いた。
「そこなら審査緩いから大丈夫だと思う」
と、再びローンを申し込むように圧をかけてきた。
そうか、これくらいのアクシデントだと対応策は充分成されているわけだな。
案の定断れるような雰囲気ではなかった。
審査が緩い…と聞き、怖気づきはしたが、Kが眼前で目を光らせているので、とりあえずアクセスして申し込み。
大手はそれはもう潔かった。ネット申し込みを終えた時点で「厳正なる審査の結果、誠に残念ながら今回は貴意に添え難く~~」の文面が出た。
審査結果が数分なんだから、厳正なる審査に掛けるに値すらしない、私の信用情報は瞬殺されたということだ。
申し訳ないそぶりをしながら、スマホをおずおずと、しかし心では意気揚々と
「あ、ここでもダメみたい…」
とスマホを差し出した。画面を見たKは唖然としていた。そんなKに
「…ごめんなさい」
と、心にもない謝罪をした。
「あ、いや、何か事情があるんだろうし、涼ちゃんは悪くないよ!」
と、Kは訳の分からんことを早口で言った。ローン組めないなら、高確率で私が悪いに決まっているじゃないか、何言ってんのこの人。
「俺の後輩でもさ、車のローン組めなくて、調べたらめっちゃ昔の携帯代延滞してたんだよ~」
フォローのつもりなのか知らんが、それって普通に後輩とやらの自己責任じゃん?こんなどうでもいいことを言うくらい、そして目に見えるくらいにKは相当動揺していた。
そんなKを横目に、私は「どうしよう」と言いつつも胸のうちで勝利の宣言をしようとしていた。
あなたの会社からジュエリー購入する人たちは、私と違ってきっとしっかりお金の管理をされてる方ばっかりだったんだろうね!残念だね!カード代を延滞してリボ払いにしちゃってるだらしない女なんてカモにしちゃって、人を見る目がなかったね!Kくん!!!
状況は大分情けないけれど、私の脳内ではFFシリーズの「勝利のファンファーレ」が高らかに鳴り響き、巨大掲示板の「ねぇねぇ今どんな気持ち?」のAAのクマが狂喜乱舞していた。
Kは相当焦り、そして私をカモにしたことも少なからず後悔しただろうと思う。
この女は何なのか、経歴は嘘なのか、収入がないのか、自己破産でもしてるのか、ブラックリスト入りなのか、それとも…と、様々な思考を巡らせていたに違いない。
明らかに焦燥し、言葉少なになったKに
「こんなに断られてるし、きっと私にはジュエリーなんて持つ資格がないんだよ。持つにはまだ早いんだと思う」
というようなことを、やはり少々どもりつつも投げかけた。しかしKは
「そんなことないよ。まだ諦めちゃダメだって」
諦めてねーのはてめえだろが!!!
声に大にして心の中だけで叫んだ。
でももう私にジュエリー買わせるのは諦めるしかないと思うよ!本当の意味で買う資格がないんだからね!!
しかしやはりKは諦めなかった。
「本当にちゃんと宝石だから!俺が保証するし!もし偽物だったら警察に行ってもらってもいいから」
それくらい持つ価値があるのだと言いたいんだろうが、1億歩譲って私がもし買いたいと思っていても買えないのにどうしろというのか。
「涼ちゃん、クレジットカード持ってるよね」
「持ってるけど…」
今度は何をさせようというのか。
「じゃあ、そのカードで買おうよ。難しそうなら限度額上げよう」
思わず「ハハハ」と笑い声が漏れた。
苦笑いや愛想笑いではない、本当におかしかったのだ。私に購入させるのが至難の業だと判明したのにも関わらず、まだ購入させようとするKのこの哀れなまでの粘りようと必死さが。
ここまでして私にジュエリー買わせたいの?私がジュエリー購入しないと会社が傾くの?今日からの食い扶持でも掛かってるの?
そんなことを考えつつ、クレジットカードのHPにアクセスすると、限度額引き上げ審査に申し込むと、結果は最長翌日の午後まで出ないということだった。
「明日にならないと分かんないみたいよ」
とスマホの画面を見せ、そこでやっとKは「今日中に何としてもジュエリーを購入させる」ことを観念したようだった。
しかし案の定Kの往生際は非常に悪く、店を出てから地下鉄に乗る別れ際まで
「んじゃ明日に結果連絡してね!絶対だよ!!」
と言っていた。ついでに肩を抱こうとしてきたので、さりげなく避けると、肩をぽんぽんと叩いて
「じゃ、また飲みに行こうね」
と少し微笑んで去っていった。
地下鉄の中で一気に疲れが出たような気がする。
ああやっと解放された…!!
本当に本当に長い1日だった。
マッチングアプリで妙な奴に捕まってしまったばかりに、とんでもない1日を過ごす羽目になってしまった。
関係ないけれど、店を出るときは会計の半分より少しばかり少ない額を払ってほしいと言われた。人にはとんでもない額を出させるくせに、ほんの数千円すら奢らないんだなコイツ、と思った。やはり羽振りがいい訳ではないんだろうなぁ。
そんなわけで、命からがら?デート商法から逃げることが出来た私の色々な意味で情けない体験談でした。
おまけ程度に後日談というか、翌日も色々あったのですが、長くなってきたのでまた次回に…。