婚活でデート商法に遭遇した話。⑤
よく知らない男からよく分からない生きざまを聞き、言われるがままに連れ出される私。
どうでもいいんだが、2杯の珈琲代は奢ってくれた。そりゃそうか。
しかしランチデートという予定だったはずなのに、ランチはどこへやら。
この時点で、本日のメインイベントはランチではないと思い知る。
じゃあ何なのか?
Kの仕事場を見た後に行くらしいカラオケか、はたまたボーリングか?
一抹の不安を覚えたが、まぁショールームとやらに連れ出されたとして恐らく殺されるなんてことはないだろうし、いざとなれば逃げたらいいと思っていた。
Kの仕事はジュエリー業界とのことで、そんなラグジュアリーなショールームなんてそうそう出向いたことのない私は、それはそれは華やかなところなのだろうと想像していた。
ショールームなんて、家のプチリフォームの時にハウスメーカーのものや、見るだけでテンションがあがる家具メーカーのそれに行ったことがあるくらいだ。
自慢の、なる修飾語までつけているのだから、さぞかし立派な空間なのであろう。
コメダを出て、Kと連れ立って5分程歩いた。
その間も「俺のことを知ってほしいから見てほしい」と独りよがりなことをKは言っていたと思う。そして大通りから1本入った裏通りへ。
「ここだよ」
Kは足を停めた。
お洒落な場所とは少し外れた、雑居ビルの立ち並んだ通りにそのショールームは面していた…が、表に見えるのは看板だけだった。
小奇麗だけれど、どう見ても雑居ビルにその看板は掲げられていた。
看板は何と言うか、ツートンカラーでの描かれた街並み?のイラストの上に、大変ビビットなショッキングピンクの模様が散らばり、そこに店名と思われる文字列が、その下には「jewelry shop」と、書かれており、その横には「HAND MADE JeWeLry」という文字が躍っている。
その文字の真ん中下あたりに、同じくショッキングピンクでダイヤモンドと思われる宝石のイラスト。
やたらめったらハイテンションな看板だ。
ちなみにGoogleのストビューで堂々と看板が見れるので、今これを描くにあたって、初めてじっくり拝見した感想である。当時は看板のド派手っぷりと「jewelry shop」の字面しか見てなかったと思う。
ジュエリーショップ???お店なの???ショールーム=お店?
「このビルの3階なんだ。エレベーターがないんだけど、ごめんね」
戸惑う私を後目に、Kは看板横の階段を上っていく。戸惑っていても仕方ないので、Kの後を追って階段を上った。
普段全く階段のない生活を送っていると言っても過言ではない私が、半分息を切らしてたどり着いた3階には、やたらお洒落な外観の歯医者と、先ほど下に掲げられていた看板のミニマム版みたいな板が付いたドアとが並んでいた。
ドアは寂れた雑居ビルのそれそのもので、看板が掛けられているだけではお店にもショールームにも見えない。
…ここがその自慢のショールームなのか。外観だけでいえば、隣のナチュラルカントリー風な入り口の歯医者の方がよほどアクセサリー屋っぽい。
「今誰もいないんだよね」
と言いながら、Kはおもむろに鍵を取り出した。
ショールームって人が常駐してるんじゃないの??そもそもジュエリーショップってお店なのでは???てかこんなとこに訪ねてくるってどんな人よ???
「まぁ管理してるのは俺なんだけどね」
混乱している私を他所に、得意げに鍵を開けるK。何でも社内のお偉いさんであるらしい。
その若さで、とか、へーすごい、とか適当なことを言ったと思う私の脳内は、ここ1時間の間に起きた出来事を未だ整理しきれないでいたと思う。
ドアの向こうへ足を踏み入れる。いよいよショールームのお目見えだ。
これを読んでくださっている方々は、ジュエリーのショールームとかショップなどと聞けばどういった光景を想像するだろうか?
ショーケースがたくさん並んでいて、そこにディスプレイされた煌びやかなジュエリーの数々。
きらめくネックレスを身に付けた首部分だけのトルソー、ショーケースの上や中にはゴージャスなオブジェが飾られていたり、シャンデリアが飾ってあったり、ショーケースの向こうにはにこやかなお姉さんがいて、色々アドバイスをしてくれて、見たいと言えば白い手袋をはめて指輪やらネックレスやらを出してくれる…
発想力に乏しい私でも、それくらいは想像が出来る。
↑これはショールームというよりはショップだろうけど、こんなイメージ
私が目の当たりにした、K自慢のショールームとは…
なんか、オフィス???
事務所の一室ですよというような空間に、ショーケースが3つほど並んでおり、その中にジュエリーケースに入れられた綺麗な宝石と、100均に売っていそうなプラスチック製のカラフルな石?や造花が申し分程度に散りばめられてというか、飾られている。
ショーケースの奥とはパーテーションで仕切られており、パーテーションの向こうはきっと事務スペースなんだろうと思われた。
壁にはカレンダーとなぜかラッセンの絵がかかっている。どうでもいいんだけど、ラッセンの絵はすごく久しぶりに目にした気がした。
肝心のジュエリーといえば、各ショーケースの中のジュエリーケースで、控えめな輝きを放っている宝石と思われる物体がいくつか。
ざっと見て横3列縦2列くらい。
ジュエリー何か少なくないか??どう見ても零細…いやいや大きくない会社だから、こんなもんなの?
悲しいかな、ブランドのジュエリーショップは百貨店のアクセサリーコーナーくらいしか行ったことがないので、これが普通なのかどうかは分からなかった。
ちなみに広さはパーテーションの向こうを合わせたとしても1LDKくらいだろうか。これはお世辞にもショールームとは言えないだろう。ショースペースと言った方がいいのではないか。
これがショールームなら、その辺のファミレスが豪華ディナーと言ってるようなもんじゃないだろうか。
呆然と佇む私に気付いているのかいないのか、相変わらず得意げなKにショースペース…いやルームの奥に連れていかれる。窓際のそこは小さな談話室のようになっていて、大きな観葉植物とシックな棚にガラスのテーブル、事務所には似つかわしくないお洒落な椅子が置かれており、そこへ座るように言われた。
↑その一角だけ雰囲気はこんな感じだった。
ここだけインテリアも整っていて、しっかりジュエリーショップという感じだ。客と話をするスペースなのだろうけれど。
Kは私に好きなアーティストを聞いた。20年来好きな某ロックバンドの名前を出すと、Kは少し席を外し、しばらくすると室内にバンドのライブと思しき音声が流れだす。
好きなバンドの動画をYoutubeで探してかけてBGMとしてかけてくれたらしいんだが、全く心には響かないご機嫌取りだった。
これから何が始まるのか不安で仕方がない。
愚か以外の何でもないが、ここまで来たことをここで初めて後悔した(我ながら遅ぇ)。
Kは「まあこんな感じのところなんだけどね」と、私の前の席へ腰かけると、涼ちゃんとは仲良くしたいと思っているので、とりあえず飲み友から始めないかというようなことを言われた。
私はKとはこれっきりだと思っていたので、愛想笑いで頷いた。
今日限りでLINEはブロックする気満々だし。
「じゃあちょっとプレゼンしてもいいかな?」
唐突に言われた。
「え…何の?」
私があからさまに怪訝な顔をしているからか、Kは言った。
「大丈夫大丈夫、何も怪しい話はしないから」
何をもってこんなことを宣えるのだろうか。今日ここまで来た経緯とかこの空間だって十分十二分に怪しいっつーの。戸惑う私を、やはり後目にKは続ける。
「ちょっと聞いてくれるだけでいいから。それだけで嬉しいから、俺」
自分で言ってて恥ずかしくならないのかな、この人…と冷めた目で見ながら、Kの話を聞くことにした(無理やりだが。
Kは、とある超有名漫画家の、日本で一番高い山の名が付けられたムック本を出し、その漫画家氏が手に入れたい宝石を探しすために、外国まで買い付けに行ったという、それを知ったからどうなの?というエピソードの書かれたページを開き、ざっと書かれている内容を説明してくれた。
彼は、有名漫画家氏もしていることを自分たちは生業にしている、有名漫画家もやってることだから怪しくないよ!ってことを言いたかったようだ。多分だけど。
続いて宝石そのものについても説明をされる。
屈折率がどうとか、カラットがどうとか、原産地や宝石の種類とか。そして、いかに人生において大事なものになり得るか、例えば娘に残してあげられる財産にもなるとか、持てた時の喜びはとても大きなものだとか、そんな話をただひたすらに延々と。
Kは一生懸命に話してくれているが、説明や話が下手なんだか上手いんだかよく分からない…というかさほど興味ないどころか状況を呑み込めてすらいないのに、何でこんな話を私は貴重な時間を割いて聞いてるのか。手には脂汗が滲み出てるし、全く頭に入ってこない。
冷静に考えて、婚活で知り合ったとはいえ見知ったばかりの他人の職場を見に来るだなんて、しかも誰もいないところで1:1だなんて、アウェイにも程があるじゃないか。今のこの状況はおかしい、どう考えてもおかしい。
これって何かどっかで経験したことのあるような感覚。でもそれが何かは思い出せない。
何にせよ、結構ピンチな状況に置かれていることは変わりない。
そして案の定Kは私の声を一切挟ませない。私の反応なんてお構いなしにKは話し続ける。
かと思えば
「涼ちゃんは気になる宝石とかある?」
なんぞ唐突に話を、ジュエリーの見本を片手に振ってきた。
割と青が好きなので、綺麗な水色の輝く宝石を指すと、その有名漫画家も探していたらしいパライバトルマリンなる石だったらしい。
「おっ、お目が高いねぇ。さすが」
何がさすがなのかさっぱり不明だが、警戒心を解こうとしているのか、やたらにこやかなK。ちなみに私はこの頃愛想笑いをしすぎて、既に顔が引きつっていた。さっさと終われ以外に何も思っていなかったと思う。
早く話を終わらせて、さっさとKから離れようとひたすら思っていた。そんな私にKは言った。
「これに月いくらまでなら出せるとかはある?」
「え???」
具体的に金銭の話が出てきた。
……これ怪しい話じゃなくってプレゼンなんだよね…?話聞くだけでいいんだよね……?
薄々抱いていた既視感・違和感が、この時脳内でハッキリと形づいた。
若かりし20歳くらいの頃、キャッチセールスに捕まって2時間くらい拘束された、強引なエステの勧誘と同じだ。
あの空気、あの時の状況と瓜二つなんだ。
泥船に乗る、という表現、正しくそんな状況だったが、非常に上手い言い方だなぁとどこか他人事のようにぼんやり思った。
「……うーん、月〇万くらいじゃない?」
戸惑いながらも、適当に答える。ここで一銭も出せないと言えばよかったのかもしれない。でもそしたら、エステの時みたいに色々理由づけられて、余計疲れるんだろうなぁと思うと出来なかった。
「やっぱそれぐらいだよねー、うちのお客さんのOLの子もみんなそんな感じだよ」
Kはそう言って、戸惑う私をあの申し訳程度の宝石たちが並ぶショーケースの前に連れ出し、宝石の大きさだかカラットを説明しだした。
「予算では大体これぐらいかな」とか言いながら、例のパライバトルマリンと思われる石を取り出す。
さらっと言われたけど、予算って!出すなんて一言も言ってないのに予算って!!
いや、いくらなら出せるかと聞かれたけど、聞かれたから適当に答えただけで、本当に出すなんて全く意思表示してないよね私!
そして私の背後に立ち、私の首にダイヤ?がついたネックレスを勝手に装着してくださりやがった。
そして私に向き直り
「うん、石は違うけどよく似合うよ、可愛い」
と微笑んだ。私は目を丸くしたまま、内心はドン引き。これで女の心が揺れ動くとでも思っているなら、ちゃんちゃらめでたい頭である。
「サイズはこんなもん…と」みたいにつぶやいて、私の首のサイズらしき数値をメモするK。そして
「涼ちゃん」
と真顔になったと思ったら
「Kくん、私のために頑張って!って言って欲しい」(うろ覚えだがこんなニュアンス)
みたいなことを言ってきた。
何を言っているのか全くもって意味が分からない。
え?何これ?本人は口説いてるつもりなの?コイツの頭の中では、応援している可愛い女子(失笑)と、その願いを叶えるために奮闘する自分みたいな小学生の描く漫画みたいなシナリオが出来ているの???
それともギャグで言ってるの?
しかしKは真顔だ。何をされるか分からないという得体の知れない恐ろしさがあった。
それに断ったらパーテーションの向こうから怖い人が出てくるのでは…?
そうだ、パーテーションの向こうの空間には何があるのかも想像がつかない。人の気配は全くないし、誰もいないと思うけれど、もしいたら…?
すぐ数m隣の空間に何かとんでもないものが潜んでいるような気がして、背筋が寒くなったように感じてしまう。気のせいなんだけど、その時は本気でそう思った。
Kの意図がまるで分からない、言おうか言うまいか、多分数十秒ほど思案した。思案したが
「私のために頑張って……???」
とボソリと呟いた。するとKは真顔のまま、私の肩に腕を回して抱き寄せようとするではないか。
うえええええ何コイツ頭おかしいの????きめええええ!!!!
…と、Kを突き飛ばしたかったが
「ちょ、ちょっとちょっと!!」
と密着する寸前に離れた。Kは少し咳払いして体制を整え
「ごめん」
と一言、そして
「ありがとう、俺頑張る」
と続けた。
は????頑張れってあんたが言わしたんじゃないの????
何この人腹話術やって自分で喜ぶ趣味でもあるの?????
てか何を頑張るの????
私の脳内は、もう今起きたことを整理する気力すら湧かないようだ。
さっきから疑問符以外に何も浮かんでこない。
Kは実は芸人で、不条理ギャグの極致、とでも言えるべき芸を生で披露してくれているのではなかろうか。
Kは私を先ほどのそこだけスタイリッシュ応接スペースへ座らせると、ひらっと用紙を机に置いた。
何かお高いものを買う時に見る用紙だ…
そう、ショッピングローンの申込用紙だった。
気付いた瞬間、ああ、やっぱりこれだったんだ、と半ば諦めの境地に達してた。
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