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「英語教育の羅針盤」第5回:東京での挫折と関係性の発見:ネパールでの出会いがその教師を変えた
皆さん、こんにちは。関昭典です。
新潟で大学教員としてある程度の達成感を得たある教師は、東京へと活動の場を移します。今日は、東京という新たな環境でその教師が直面した挫折、そしてそこから「関係性」という新たな視点を発見するまでの道のりをお話ししたいと思います。
東京経済大学への転職:
その教師は、東京経済大学で教員を募集しているという情報を得て、応募しました。その募集内容を見ると、自分がこれまで行ってきたことと非常に似ている点が多く、「東京でなら、もっと広いフィールドで自分の研究と実践を発展させられるのではないか」と考えました。
採用が決まり、その教師は単身赴任で東京に行くことになりました。東京での挫折:
東京はその教師にとって「夢の街」でした。幼い頃から憧れの場所でした。しかし、いざ東京に来てみると、大きな挫折を経験することになります。新潟での大学教員時代、その教師はある程度成功体験を積んでいました。しかし、東京経済大学では、これまでのやり方が全く通用しませんでした。
最大の違いは、学生の気質でした。これまで教えてきた学生は、英語に対する苦手意識が強いものの、教師がうまく動機付けをすれば、努力する姿勢を見せてくれる学生たちでした。しかし、東京で受け持った学生は、自分の中で明確な学習目的を持っている人が少なく、英語学習への関心も低いように感じました。大学のシステムの違い:
また、大学全体のシステムの違いにも戸惑いました。新潟では、小規模な大学であったため、大学の学生全体に直接アプローチすることが可能であり、全体の英語教育に関わりながら、動機付け手法を用いた教育実践を進めることができました。しかし、東京経済大学では、自分が担当するのは一部の学生に限られており、全体を巻き込むような改革を求められたものの、それを行うのは難しい状況でした。
組織文化の違いが、教育実践に影響を与えることは、先行研究でも指摘されています(Schein, 2010)。人間関係の悩み:
さらに、大学内の人間関係にも悩まされました。その教師は非常に内向的な性格であり、自ら積極的に周囲と関わることが苦手でした。また、新潟の職場で、誰とでも笑顔で挨拶し気軽に交流できる雰囲気がはじめから用意されていたその教師にとって、挨拶をしてもあまり返してもらえない経験に衝撃を受けました。そのため、新たな大学の先生方とどのように連携を取っていけばよいのか分からず、孤立感を覚えることもありました。このような状況の中で、その教師は次第に自信を失い、「東京に来たことは間違いだったのではないか」と思うようになりました。教師の孤立感は、教育活動に悪影響を与えることが指摘されています(Lasky, 2000)。海外研究制度への応募:
2007年から2010年の4年間は、その教師にとって自己認識が最悪の状態にあった時期でした。
この状況を打破するために、2010年、その教師は「国外研究制度」に応募しました。表向きの研究テーマは「タイやネパールの学生の学習観と日本の比較」でしたが、実際には、「東京での挫折から離れ、新たな視点を得るため」に国外へ出たいと思っていたのです。ネパールでの気づき:
とりわけネパールでの経験は、その教師にとって衝撃的なものでした。ネパールの私立学校では、初等教育から先生も生徒もすべて英語で授業を行っており、学校全体の式典も英語で進められていました。その教師は「英語を学ぶ」というより、「英語で学ぶ」という環境が当たり前になっていることに驚かされました。言語は、単なる知識の伝達手段ではなく、文化や社会を理解するためのツールであるという視点が重要です(Kramsch, 1998)。
また、ネパールの学生たちは、日本に対して非常に強い憧れを抱いていました。しかし、実際に日本人と交流する機会はほとんどありませんでした。そこで、その教師は「日本とネパールの大学生同士が交流できるプログラムを作ったら面白いのではないか」と考え、6ヶ月間の準備を経て、日本の学生をネパールに招く国際交流プログラムを実施しました。関係性の重要性の発見:
このプログラムは大成功を収め、参加した学生たちは強い友情を築きました。そして、その教師はこの経験を通じて、「言語とは何のためにあるのか」という問いに対する答えを見つけ、「関係性」という要素が欠けていたことに気がつきました。
その教師はこれまで、教師と生徒の関係性、クラス内での関係性については考えていました。しかし、「言語を通じた関係性の構築」という視点を持っていなかったのです。なお、教育における関係性の重要性は、近年、ますます注目されています(Noddings, 2005)。
その教師の経験は、皆さんに「関係性」の重要性を教えてくれるはずです。
また、異なる環境に身を置くことで、新たな視点を得ることができるということも、その教師の経験は教えてくれます。
次の記事では、その教師が「英語を学ぶ目的」を学生に考えさせることを重視するようになった経緯と、そこから生まれた成功事例をお話しします。
Kramsch, C. (1998). Language and culture. Oxford University Press.
Lasky, S. (2000). The cultural and emotional politics of teacher-mentor relationships. Teaching and Teacher Education, 16(8), 843-861.
Noddings, N. (2005). The challenge to care in schools: An alternative approach to education. Teachers College Press.