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キッチン付きの宿で始める、暮らす旅の楽しみかた

きっかけは、パリのマルシェ

フランス、アルザス地方エギスアイムという小さな村の、かわいい街並み。

旅先で、市場を見にゆくのが好きだ。たぶんそのいちばん最初の経験は、ロンドンで学生をしていた時分に訪れた、パリ。曜日ごとに街のあちこちでマルシェが開かれて、鮮やかな色彩を敷き詰めたように並ぶ、いきいきとした野菜の勢いのあるうつくしさや、日本では見たことがないほどに多様な、累々と積まれたチーズのもの珍しさや、マグレブや西アフリカの、異国情緒に満ちた見知らぬ食べものの香りに、私はすっかりと、心から恍惚とした。これこそ、旅の楽しみ。だから宿はいつも、ムフタール通り(Rue Mouffetard)の裏手の安宿にした。この商店街のような通りに、ひしめき合うように並ぶ食料品店は、どれもみな専門店で、八百屋、魚屋、肉屋、蜂蜜の店、チーズの店、お惣菜の店、といった具合に。そこでサラダやチーズ、量り売りのワインに、おいしいパンなどを買い求めては、小さなホテルの部屋の、窓に向かって置かれた粗末な机に座って、夕食とした。それが私にとっては、どんな素敵なレストランのディナーよりも心楽しくて、街を歩く自分のバッグから、バゲットがにょっきりを顔を出したりしているのが、なぜだか誇らしかった。

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