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能傍タルツの実話怪談コレクション 「現代筑前奇談考」 その32 -7月- 『夜光虫』
「子供たちがいた頃から
二十五年住んでる。
慣れてしまったんやろうね」
筆者が本業の関係で
週に二三日は出入りする
福岡市のとある
スーパーマーケットの管理職、
Iさんは携帯で撮影した
動画を見せながらそう言った。
その短い二本の映像は
Iさんの住まいする
春日市の線路沿いの
マンション室内を撮影したものである。
一本目には
カーテンを閉め切った
深夜の室内。
ほどなく
その真ん中に灰色の玉が浮かび
真っ直ぐ進み
画面の真ん中あたりで
急上昇して消えた。
この間、一分足らず。
もう一本は朝4時頃。
Iさんが手前の布団に入ってから
ほどなく眠ってしまう様を
固定カメラで撮影したものだ。
寝入った彼の後ろの
壁や室内には
まるで無数の
夜光虫が群泳するかのごとく
我が物顔に現れては消え
また光って飛んでいくさまが
ありありと写っていた。
筆者は元来
いわゆるORBと
呼ばれる物に対しては
懐疑的な見解を持っていた。
しかし
まるで水族館のような
あの映像の前では
それを改めざるを得なかった。
Iさんいわく。
自分は別に霊感体質ではないが
時には起きている時でも
脇の下や身体のあちこちを
玉がすり抜けるのを
はっきりと感じるという。
今は実家である
そのマンションを出ていった
娘さんは幼少期、
深夜、枕もとに座って
顔を覗きこむ
知らない女の人を時々みていたらしい。
「娘が
“今だから言えるけどね”
ってさ」
Iさんは
今はだいぶましになったが
その後精神を患い
現在でも定期的に
産業医の心療内科による
投薬を受けている。
そのマンションの横を走る
路線電車は
今は高架化され
めっきり少なくなったが
以前はしょっちゅう事故で停まっていた。
そこいらの因果関係や
このマンションができる前が
何であったのかは
よくわからない。
Iさんは今もそこに住み続けている。
(終わり)