【コンサル物語】(続)エンロン事件とコンサルティング会社
2002年7月にアメリカで成立したサーベンス・オクスリー法はコンサルティング業界に大きな影響を及ぼすものでした。監査の独立性を守るため利益相反に強い規制を求めるこの法律により、会計事務所が経営コンサルティングを行うことが実質的に禁止されました。エンロン社の会計スキャンダルに絡んで起訴され有罪となったアメリカの名門会計事務所アーサー・アンダーセンが会計監査とコンサルティングサービスをエンロンに提供していたこともこの法律が成立した背景にありました。
会計事務所がコンサルティングサービスを提供することで、どのような問題が起こっていたのでしょう。またその背景にはどのようなことが考えられるのでしょうか。アーサー・アンダーセンで起きていたことを紐解いていきたいと思います。
エンロンとアーサー・アンダーセンの場合は利益相反の問題がとても分かりやすい形で実践されていました。不正会計と判断された簿外債務についてはアンダーセンのコンサルティング部門がアドバイスを行い、会計部門が監査を行っていたからです。
問題とされたのは簿外取引だけではなく、アンダーセンのコンサルティングに巨額のアドバイス料が支払われていたということでした。監査を凌ぐコンサルティングの巨額収入がアンダーセンの経営判断を誤らせてしまったということが指摘されています。
結局のところ、会計事務所の本業である会計監査を脅かす存在であっても、会社を潤わせてくれるコンサルティングをないがしろにすることはできなかったということです。
このように会計事務所が社内にコンサルティング部門を抱えることが利益相反の問題を生じさせたことが、エンロンとアンダーセンの関係からよく分かります。注意が必要なのは、歴史上問題となったのはアーサー・アンダーセンでしたが、当時のアメリカの大手会計事務所はどこもコンサルティングを拡大しており、同じような問題が起こる可能性があったということです。
さて今回はもう一つ、会計事務所がコンサルティング部門を抱えることで起きた問題について、アンダーセンにおける興味深い話をご紹介したいと思います。
利益相反の問題は監査とコンサルティングの衝突の問題であるのに対し、もう一つの問題というのはある種両者の融合の問題と捉えることができるかもしれません。それはお互いが共存していく中で監査部門がコンサルティング部門から知らぬ間に受けていた非常に内面的な問題でした。クライアント・サービスが価値のトップを占めるようになった、それが監査がコンサルティングから受けた内面的な問題という考えです。
アーサー・アンダーセンの中では、規則・規制を守るという監査の価値観が崩れ、クライアントを満足させるというコンサルティングの価値観に変化していったという分析があるようです。このような価値観の変化は投資家を守る(結果的にエンロンを守る)ということより、エンロンを満足させることを優先するという考えと行動に向かわせました。
エンロン事件が公になる10年前の1992年、アーサー・アンダーセンは変移しました。契約を勝ち取り売上を増大できるパートナーが優秀なパートナーであるという考えが一層強化されました。コンサルティング部門では以前から浸透していたこのルールを、会計監査部門にも要請するようになったわけです。そしてルールに従えないパートナー達は事務所を追放されました。
コンサルティングの勢いに押され、監査の価値観を見失い自らをコントロールできなくなった先には、会計事務所の崩壊という悲しい結末が待っていたと言えるでしょう。
(参考資料)
『帳簿の世界史』(ジェイコブ・ソール 村井章子訳)
『名門アーサー・アンダーセン消滅の軌跡』(S・E・スクワイヤ/C・J・スミス/L・マクドゥーガル/W・R・イーク 平野皓正訳)
『バランスシートで読みとく世界経済史』(ジェーン・グリーソン・ホワイト 川添節子訳)
『闘う公認会計士』(千代田邦夫)