【コンサル物語】訴訟に脅かされるBig8会計事務所。コンサルティングが助け船に ~1970年代アメリカ~
1970年代のアメリカ社会は、オイルショックによりもたらされた景気停滞と物価高(インフレ)が同時に起こるスタグフレーションに見舞われていました。
景気停滞による株式市場での損失と、企業による利益操作(不正会計)もあり、決算で高収益を報告したにもかかわらず倒産する企業が出てきました。怒れる投資家や世論は、「会計士はどこにいたのか!」と詰め寄り、事業の失敗を見抜けなかったということで会計士達を訴訟に巻き込んでいきました。冒頭のコロンビア映画会社の話がその一例です。
1970年代は、良かれ悪かれBig8(ビッグエイト)会計事務所※がアメリカ社会で注目を浴びた時代でした。本業の会計監査が苦難を迎える中、好調なコンサルティングはどうだったのでしょう、その歴史を紐解きたいと思います。
当時のBig8会計事務所は3つの苦難に直面したと言われています。
第一は、先に書いたように会計事務所に対する損害賠償請求訴訟が相次ぎ、会計事務所の財産的基盤を揺るがしかねなかったこと。
第二は、経済不況が新会社の設立や株式公開などを減少させ、会計監査のニーズが頭打ちになっていたこと。
第三は、監査サービスは会計事務所間での差別化がなくなり、監査料金の引き下げ圧力で利益採算が大幅に悪化していたこと。
本業である会計監査が伸び悩む中、Big8各社はコンサルティングに力を入れ始めました。
コンサルティング市場は監査市場と違い伸び続けており、監査による収入が頭打ちになるなか、会計事務所にとって非常に重要な要素でした。
そのようななか、1976年から始まったアメリカ上院議員のメトカーフ氏により進められた調査と1760ページにも及ぶ調査報告書、その後の公聴会などを経て、証券取引委員会(SEC)※は会計事務所のコンサルティング事業に関する2つの重要な通達を出しました。それは、Big8のコンサルティング部門に大きな影響を与えるものでした。
1つは通達No250(ASR250)と呼ばれるもので、会計事務所がクライアントに提供するコンサルティング業務の割合と、コンサルティングの割合が対クライアント全体の3%を超える場合は業務内容を報告することを求めたものでした。
もう1つは通達No264(ASR264)で、悪名高いSEC通達としてBig8会計事務所には記憶されています。この通達では、会計事務所が行うコンサルティングサービスを、監査に関係しない部分に限定することを求めました。それは会計事務所が最も得意とする分野でのコンサルティングを禁じることを意味していました。
2つのSEC通達が出された1978年から1979年当時、Big8各社のコンサルティングサービスは売上高の7〜21%を占めていました。割合が比較的少なかったのがプライス・ウォーターハウスであり、突出して多かったのがアーサー・アンダーセンでした。
売上に占めるコンサルティングの割合が大きく異なる両社でしたが、それはコンサルティングサービスへの取り組みに影響を与えたのでしょうか。次回以降見ていきたいと思います。
(参考資料)
『ACCOUNTING FOR SUCCESS』(DAVID GRAYSON ALLEN、KATHLEEN MCDERMOTT)
『アーサーアンダーセン消滅の軌跡』(S・E・スクワイヤ/C・J・スミス/L・マクドゥーガル/W・R・イーク 平野皓正 訳)
『闘う公認会計士』(千代田邦夫)
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