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DeepSeekを育んだ町!実は風光明媚な歴史的名城
ここ数日、中国発AIスタートップのDeepSeekは、ChatGPTを超えるといわれる新モデルを発表し、世界に衝撃を与えています。
DeepSeekは、実はジャック・マー氏が創設したアリババと同じく、中国浙江省の省都である杭州市(くいしゅうし)に拠点を構えています。杭州は、「上には天堂、下には蘇杭」という昔の諺で伝えられている通り、中国では古くから天上の楽園に例えられている風光明媚な町です。一番有名な観光スポットは、漢詩など中国の古典によく登場する西湖です。世界遺産の西湖のほとりで静かにたたずむこの町は、千年の歴史を持つ古都であり、昔は絹とお茶の国際貿易で栄えた世界ビジネスの中心地の一つでした。
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杭州は、1400年前の隋の時代に正式に命名されました。紀元10世紀から12世紀まで、特に南宋の首都になってからは経済力と文化が世界をリードし、中国と海外との貿易も盛んに行われており、当時は世界一の都会として名を馳せました。
しかし、現代の杭州は、その歴史名城の知名度に加え、中国を代表するイノベーション都市としての顔も持っています。
杭州には、アリババグループをはじめ、AI技術に革新をもたらしたDeepseek、世界最速の四足歩行ロボット「宇樹机器狗」で知られる宇樹科技(Unitree Robotics)、そして中国初の3A級ゲーム『黒神話:悟空』を発売した遊戯科学(Game Science)など、世界的に注目を集める企業が次々と誕生しています。なぜ、この町からこれほど多くの革新的な企業が生まれているのでしょうか?
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今回は、中国国内の記事に基づいて、杭州という町の魅力に迫りながら、なぜこの地が中国を代表するイノベーション都市の一つに成長したのか、その理由を探ってみます。デジタル経済と伝統文化が融合している杭州の姿は、日本の読者にとっても、きっと興味深い発見となるでしょう。
杭州が持つ高いポテンシャル
1.豊かな町
イノベーションを引き起こす前提条件は、まず「経済的な豊かさ」だという説があります。なぜかというと、日々の生活に追われる人々にとって、革新的なことに取り組む余裕などはなかなか持っていないでしょう。毎日を生きることで精一杯です。もう一つは、小さな改良はさておき、産業や技術の発展を変革させる意識は、目の前の生活よりもっと大きいな世界が見えてくる環境のなかで芽生えてきます。
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杭州を省都に持っている浙江省は、経済的に豊かだけでなく、貧富の差が小さく、経済的な豊かさが非常に均等的です。この「均等さ」が大変重要です。浙江省は最も経済的に遅れた地域であっても、省内の先進地域との格差が小さく、結果として、ほかの地域と比べると、イノベーションに携れる人口が圧倒的に多いです。
中国では「衣食足りて礼節を知る」という言葉がありますが、杭州ではまさに「衣食足りてイノベーションを志す」という価値観が流行しています。この地で育っている若者たちは、幼い頃から「将来は自分が夢見ている業を成し遂げたい」と夢見ることができます。生活のために必死に働く必要がないからこそ、彼らは自分の情熱と才能を存分に発揮できるのです。
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さらに、中国という大国の台頭という背景も見逃せません。杭州の起業家たちは、「裕福な家庭の出身」として、自然とグローバルな視野を持ち、国際的な技術革新のトレンドに積極的に関わろうとしています。
Deepseekを生み出した幻方量化社の創業者の梁文鋒氏は学生時代から、「人工知能は必ず世界を変える」と確信していました。また、宇樹科技の創業者の王興興氏は、ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズの物語を聞いて育ち、「世界を変える発明をしたい」という夢を抱き続けてきたそうです。
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杭州という町は、豊かさと均等な機会を背景に、若者たちが大胆な夢を追い求めることを可能で、創業者にとっては理想な居場所です。
2. 創造性を育むゆとりのある環境
杭州の都市の雰囲気は、深圳や上海のような緊張感とは一線を画しています。ここでは、ゆったりとした創業環境のかなで、「チームが腰を据えて製品や技術を磨くこと」を可能にしています。短期的な利益追求ではなく、品質と革新に集中できる環境が、杭州の強みです。
さらに、杭州は風景が美しく、文化的にも豊かで長い歴史を有する町です。このような人文的・自然的環境は、焦りがちな人々の心を落ち着かせ、創造性を引き出す効果を持っています。
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また、杭州は上海や江蘇省などと違って国営企業と海外企業のプレゼンスがそれほど高くないです。その代わりに民間企業、特に中小企業が数多く集積しています。一番典型的な例は昔のアリババです。この地に住んでいる人々は、創業に対する高い関心を持っています。中国の改革開放から40年以上にわたり、杭州では草の根レベルまで浸透されている「ニッチ戦略イノベーション」のやり方が根付いています。また、地方政府も企業に対してサービス精神が旺盛で、中国の制度を柔軟に活用してイノベーション企業を成長させようとしています。
創業者やスタートップにとってフレンドリーな環境にいると、杭州の若者たちは、「人生の成功方程式は、大学卒業の後は公務員になるか、または国営企業で働く」という、上の世代に重視される価値観から一線を画することができます。杭州にいると、自由に自分の夢を追い、新しい価値を創造することはむしろ励まされます。
創業重視の風潮は、大学にも広がっています。例えば、中国のEC大手「拼多多(ピンドゥオドゥオ)」の創業者である黄峥氏は、浙江大学の竺可楨学院の出身です。この竺可楨学院は、中国のベンチャーキャピタル業界で非常に有名で、過去20年間はここから輩出した有名な起業家は数多くありました。
3. DX産業のエコシステム
杭州は、アリババグループを始め、海康威視(Hikvision)、大華技術(Dahua Technology)などDX分野においてけん引力を発揮する業界のトップ企業まで成長し、自分のプレゼンスをしっかり築きました。これらの企業が築いたエコシステムは、杭州のスタートアップが競争力を高めるための基盤となっています。
①人材の豊富さ
イノベーションを推進するには人材が不可欠です。杭州には、浙江大学をはじめ、浙江理工大学、杭州電子科技大学などの理工系大学、そして中国美術学院などの芸術系大学があります。特に浙江大学は、その影響力が大きく、2024年の中国大学の予算ランキングでは328.81億元(約5.1兆円)の規模で全国2位に位置しています。この豊富な資金力は、高度なAI研究開発のインフラ構築を支えています。
浙江大学は、ロボット工学や人工知能の分野で世界的に高い評価を受けており、グラフィックス・イメージングの研究でも中国を代表する機関です。Deepseekを開発した幻方量化の創業者・梁文鋒氏や、宇樹科技の競合製品「雲深処机器狗」を開発した雲深処科技の創業者・朱秋国氏も、浙江大学で学びました。杭州電子科技大学や中国美術学院も、ロボット開発に必要な機械工学や工業デザインの面で重要な役割を果たしています。
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②コストの低さ
遊戯科学(Game Science)の創業者・馮骥氏は、会社を深圳から杭州に移した理由の一つとして「杭州の家賃が比較的安く、腰を据えて開発に取り組める環境」を挙げています。杭州の運営コストは、北京や上海、深圳に比べて低く、特にオフィス賃料や人件費がスタートアップにとって重要なメリットとなっています。不動産サービス会社や人材会社のデータによると、杭州のオフィスのレンタル料は、北京や上海などの大都市と比べて、1平方メートル当たり、月額約150元~350元(約2200円~5200円)と、30%~50%ほど安く、人件費も約20%低くなります。
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さらに、杭州の製造業やDX産業のクラスターは、ローカル生産によるコスト削減を可能にしています。宇樹科技の一般消費者向けのロボット犬が1万元(約21万円)以下という低価格を実現できたのも、地元の生産工場との連携ならではのコスト競争によるものです。
まとめ
杭州は、豊かな地域でありながら土地柄は堅実的で、そして現地人はイノベーションや新しい取り組みに対して寛容さと楽観的な態度を持っています。このような環境の中で、杭州の起業家たちは「今」に集中し、自分たちが得意とする分野で挑戦を極めることができます。それは、DeepSeekなどのように、技術的なブレークスルーを次から次への引き起こした原因となっています。
杭州が持つ「天の時、地の利、人の和」を兼ね備えた優位性は、中国の他の都市が簡単に追いつけるものではないかもしれません。今後、「杭州発」はまたどのような革新を世の中に送り出すでしょうか?注目すべきです。