1-2 「君のいない世界」──ロゴもジャケットも“めちゃくちゃ”にされた世界の一部だった
本来は第4回として「死返し」をお届けする予定であったが、複数の楽曲考察を並行して進める中で思うところがあり、再度はじまりの曲である「君のいない世界」に戻ってみることにした。
やはり今回気になるのはタイトルの通り、ひたっすらに「めちゃくちゃ」と言っている終盤の大サビ。
他のフレーズを差し込む余地もあるだろうに、徹底して「めちゃくちゃ」と言い続けている。
「めちゃくちゃ」という文字が並びすぎてゲシュタルト崩壊を起こしかねないこの一節、筆者の目には今「めち」が2頭身くらいの小型妖怪に見えてきて「ちょっと可愛いな…」と思っているところだ。
「めちゃくちゃって言ってもめちゃくちゃはめちゃくちゃ」なんて歌われたらこっちの言ってることもめちゃくちゃになってくるってなもんで。
「言うてもちょっとくらいしっかり立ってるものがあったり…」なんかしねえんだという一片の隙もないめちゃくちゃっぷりを表しているのだろう。解釈の余地を完膚無きまでに叩き潰そうというパワープレイに為す術も無い。
ここまでされたらじゃあ何がどこまでめちゃくちゃなのかという疑問を無視することはできないだろう。
めちゃくちゃになっているものはいくつかあるはずだ。
ちなみにこれを書いてる時点で、おぞましいほどの眠気に襲われている。わりかしめちゃくちゃな文章や構成になっている可能性もめちゃくちゃにある。その点はもうめちゃくちゃにご容赦願いたい。今日はめちゃくちゃ仕事を頑張ったので……何卒……
「めちゃくちゃ」というワード自体は1Bから登場する。
楽曲終盤ではめちゃくちゃになったことを嘆きまくっているが、初登場時に限り「めちゃくちゃにしたい」という欲求の言葉として書かれているのだ。
この次の行がもう「君のいない世界にひとり」、つまり「叶わぬ夢の果てに」めちゃくちゃにしてしまったということだ。
この曲にはじまる主人公の「罪」がシンダーエラ楽曲の核となっているわけだが、その現場がこのBメロとサビを繋ぐ一瞬のブレイクなのである。犯行時刻は1:07~1:08の間、わずか1秒。世界が変わるのはいつだってほんの一瞬の出来事なのだ。
ところで「叶わぬ夢」は何のことで、それが「叶わぬ夢」と理解/認識されたのはいつのことなのだろうか。
まず、「君がいない世界」という曲がデビュー曲であり、グリム版の冒頭と重なることから「はじまりの曲」とした前提、これは思いっきりミスリードにハマっていたのではないだろうか。
ヒントになったのは「GREED」である。歌詞の内容自体はほかのどの曲よりもわかりやすいのだが、それゆえに当て込める物語の場面に思い至らない。これが大きな謎であり壁のひとつであった。
ともすれば、時系列的に「君のいない世界」より前に位置する楽曲も存在するのではないか。犯した罪の源流を描いた楽曲があるのではないか。
楽曲個別の考察はおいおいしていくとして、「君のいない世界」より前の時間軸に位置すると思われる楽曲には「GREED」「Well」が挙げられるのではないかと考えている。
この2曲に共通した印象は、「大きな挫折やダメージを知る前の普遍的なポジティブさが見え隠れしている」ことである。
「GREED」については罪の意識や自責の感情がまるで感じられないし、「Well」についてはダメージを回復しつつあるがゆえのストーリー展開かと思い、全楽曲をひとつの物語として並べるなら終盤にあるものと最初は考えていたが、「君のいない世界」の前段階の曲があると仮定してみると、そこに置いたほうが数倍しっくり来る。
簡単に言えば、「Well」で描き切られなかった結末は言うなれば「敗北」で、心の根底に巣食っていた「GREED」が原因でその後の身の振り方を誤り、この冒頭の一節に繋がっていくのではないか。
人間関係は0か100かではない。仮に大きな想いを伝えたとて、それが叶わなかった場合でも良好な人間関係を築くことは十分に可能である。それはあくまで自分次第なのだ。もちろん人対人のことだから相手次第という側面もあるが、いずれにしろお互い次第、そして駒を動かすのはまず“自分”なのである。
辛くとも健気に心を圧して耐えれば守れた、あるいは新たな形で築けた関係もあったのだろう。
しかし「少しでも離れるのが怖かった」という不安が「欲」=「GREED」に犯され狂い、望みもしない結果を生み出す立ち振る舞いをしてしまった。その罪の報いとして「君のいない世界にひとり」堕ちてしまったと、そう解釈していくことができる。
めちゃくちゃにされたもののひとつは「君」との関係、「君」のいなくなっためちゃくちゃな世界は「割れた鏡」に例えられ、映り込む我が身の姿すら歪に散りばめてしまう。
ここで1st EP「cinder-ella」のジャケット写真を引用する。これはグループのロゴをあしらったものだ。色合いは「灰かぶり姫」そのものといったグレーである。
このグループのロゴは薔薇を模したものであるように見えるが、三角形を寄せ集めたシンプルな意匠はさながら「割れた鏡」のようにも見える。
また、薔薇というアイテム自体、登場するのは最古の記録と言われる「ロードピス」の物語である。「NOT FRIEND」の回ではグリム版以外のバリエーションがモチーフとなっている可能性を指摘した。
メタ的な視点ではあるが、コンセプトに対しては「めちゃくちゃ」と言える要素の取り入れ方がされているとの見方もできなくはない。
続いて2nd EP「LOVE」のジャケット写真。
1stと同じくロゴをあしらったデザインだが、こちらはアーティスト写真を割れた鏡に写したがごとく分解して配しているのだ。
元となったアーティスト写真はこちら。
「君のいない世界」でめちゃくちゃになった世界のモチーフとして登場した「割れた鏡」が、ジャケットビジュアルに引用された形になる。
すなわち、「割れた鏡」こそがシンダーエラの楽曲世界そのものを象徴する存在と解釈ができるわけだ。
そして、楽曲の時系列もめちゃくちゃになったもののひとつと言えるだろう。
「物語」という名の世界はめちゃくちゃに叩き割られ、それぞれが1つの曲として分散し、取り留めもなく散らばったまま幾度となく舞台に上げられる。
シンダーエラの楽曲は、おそらく慎重に並べれば一つの物語として1本の道のように繋げることができる。
しかし、毎回のライブのセットリストはどうだろう。選ばれる物語も並びも毎度異なり、それは演者によって戯曲として、我々観客によって見世物として日々消費されてゆく。
1人の少女が紡ぐ罪と贖罪の物語は、めちゃくちゃに破壊され無差別に消耗されてゆくのだ。壮大な自傷行為という言い方もできるだろう。
ところで、めちゃくちゃな世界は空虚なものとしても描かれている。
Cメロの歌詞にて「君のいない世界」は「青」「空」「白」「黒」と表現されているのだが、その真意は至ってシンプルなギミックで表現されているのだ。
「君」を失ったことで、どこを見ても途方もない虚無が支配する世界を主人公は生きているのである。
虚無の果てに主人公はどこに向かうのか。
シンダーエラの最新楽曲「YHWH」「Pride」についてここで触れておかなければならない。
最新の2曲で、物語の主人公は、自らの罪を認め、赦しを乞い、やがて自らの過ちと罪の正体に気付くに至る。
いずれの楽曲についても詳細な考察を付す必要はあるが、そこに見える景色が、めちゃくちゃに割れた鏡の破片を拾い集め、「君」の在不在に関わらず「自分の」世界を、その色を取り戻そうとしているかのように見える、その段階に差し掛かっているように感じられてならないのだ。
「罪」を題したアルバム「sins」は、割れた鏡を正しく貼り合わせるように、主人公が犯した「罪」をありのままの姿で映し出す作品になると考えられる。
そこに映る姿を真っ向から見据えた時、少女は何を思うのか──。