包括予算制度の生みの親・定野司さんに聞く「イノベーションの起こし方」-財オタインタビュー①
財政課が持つ予算の権限を各部に渡し、現場の知恵を予算に反映させる。「包括予算制度」と呼ばれるこの大胆なアイディアを、初めて本格的に実行した自治体が東京都足立区です。
この記事では、当時足立区の財政課長として、包括予算制度の導入を主導した定野司さんに、制度導入の背景や苦労した点、また全国の財政課職員に向けたアドバイスなどをお伺いしました。
倒れる前に何とかしなければ
―定野さんが財政課長に着任された頃、足立区はどのような財政状況でしたか?―
バブル崩壊後だったので、どこもお金がない時代でした。
さらに足立区はもともと財政力の非常に厳しいところだったので、それまでにも行政改革という形でいろいろなことをやってきました。
―定野さんが財政課長に着任された時には「この厳しい財政状況を何とかせよ」という至上命題があったということでしょうか?―
その通りです。
だから「財政健全化計画」というのを作りました。
「このままだと大変なことになるから、何とかしないといけない」
という内容で、今では他の自治体も作っています。
その集大成が「中期財政計画」などに結びついていて、そのときに100年後の予測をして、このままだと消滅するというシミュレーションを作り、公式に発表もしました。
―財政健全化計画や中期財政計画の作成は包括予算制度を作る前の話でしょうか?―
ちょうど同時期くらいです。
財政健全化計画を作り、とにかく今の窮地を脱しなくてはいけない中で何とか目途がつき、さらにしっかり進めようとなりました。
そのとき考えたのが中期財政計画と包括予算制度です。
このままの状態でやっていてもジリ貧で、早晩どこかで倒れてしまうので、そうしないためにそれらを作ったということです。
これまでにない規模の「枠配分」を。包括予算制度導入のポイントとは
―包括予算制度のお手本になる自治体はあったのでしょうか?―
それほどありませんでしたが、当時「枠配分」という考え方はありました。
でも、だいたいどこも成功しなくて、足立区でも過去になかったわけではないのですが、結局縄張りや権限意識などで頓挫した形です。
他の自治体でも、たとえば経常経費や事務経費の一部などを枠配分にして、「予算が残ったら使ってもいいよ」という使い切り予算防止策みたいなものはありました。
けれど、本格的にやるところはありませんでした。
―従来の枠配分ではうまくいかなかったとのことですが、枠配分予算が機能するために定野さんはどのような工夫をされたのですか?―
まずは大きな規模でやることにしました。
どこでも経費の10%から20%くらいの範囲で、「A経費」「B経費」みたいに名前をつけて枠配分をやっていたのですが、私は全部を対象にしました。
役所の予算そのものを分解して、各部に財源を配分し自分たちで予算を作る。
いわば「財政課解体論」みたいなものです。
―なるほど。それまでの枠配分は財政課に権限が残った状態だったけれど、完全に現場に渡す形にしたということですね。―
そうです。
それがポリシーでした。
「じゃあ財政課は何をやるの?」
という話ですが、事後評価をやります。
当時導入されていた行政評価が、足立区ではうまくいっていませんでした。
なぜかというと
「評価の低いものは予算を切るぞ」
とやってくるのが面倒で嫌だったからです。
包括予算制度では、予算を切るわけではなく事務事業評価をやります。
予算を使ったら何がどう変わったのか、それを評価するのが財政課の仕事になりました。
そうすると、皆安心して評価できるようになるわけです。
事務事業評価によって、自分の仕事の成果が見えるようになるのがポイントです。
そうするとモチベーションが変わります。
単に予算を使うのではなくて、予算を使って自分のやりたいことをやるようになります。
それにより区民・市民が喜ぶ、あるいは評価が上がって自分の実績になることが、うまくいった秘訣だと思います。
ほとんどが反対派の中、粘り強く説得
―現場に権限を全部渡すという大きい枠配分予算を実行する際、反対派はいなかったのでしょうか?―
皆反対派でした(笑)。
財政課には係長が何人かいて、彼らは各担当の部を持っていて査定をするのですが
「各部に任せたらとんでもないことになる、絶対できない」
と皆反対していました。
「現場ではできないんじゃないの?」
という心配が大きかったんです。
―反対派をどうやって説得したんですか?―
「やらせてみなきゃわからないだろ」
という話をしました。やはり、現場に知恵があるのは皆知っていて、それを100%引き出せていないこともわかっています。
現場の知恵を100%引き出すための仕組みだということをまず理解してもらう。
それから
「君たちもいつまでも財政課にはいないよね」
とも言いました。
そうして説得していくと
「いずれ原課に帰るのだから、自分たちの知恵で予算を組んで、そして住民の方に喜ばれるような仕事をしたい」
と思うようになります。
だから積極的に人事異動もやりました。
それと、理解を示しはじめてくれた係長がいたことも大きかったですね。
「形式主義」「賛同者」「大きく」―改革の三要素を駆使する―
「改革の三要素」というものがあります。まずは形式主義。
これは「財政課長が言えば動く」という上からの形式のことです。
あとは大きくやることと、賛同者を作ることです。
―順序としては「形式」→「賛同者」→「大きく」の順ですか?―
私の中では「形式」→「大きく」→「賛同者」です。
―なるほど、そうすると「大きく」のときには一人で戦いに行くのでしょうか?―
そうですね。
大きくいかないと賛同者が増えないですから。
たとえば、もしAという予算のB経費やC経費数億円を渡して、残った分を皆で使ってくれと言っても、皆動かなかったと思います。
そうではなく、所属の部課長を巻き込んで
「お金をあげるから、自分たちの予算を自分たちで組んでください
」と言いました。
すると、最初は皆驚くわけです。
「そんなこと、今までの財政課長は一言も言ったことないのに、なんで?」
って。
このように、今まで予算を組んだことのない部長たちが右往左往するわけです。それがよかったのではないでしょうか。
そして、大きく動き出す前にトップから説得することが大事です。
上で決まったものをやるという「形式」を整える工程です。
現場職員には
「現場の知恵で現場の問題を解決するんだ。そのためには自分たちで好きなように予算を組むんだ」
と言いました。
ただ、好きなようにとはいっても勝手にできるわけではありません。
部や課、係の中で議論しながら作って、それを首長にジャッジしてもらうわけですから。
そこに財政課長や財政部長が口出ししてくるのが邪魔だったのですが、それを取り除くと、各部長が直接区長とやり取りできるようになります。
いわば部の中で財政課長をやるわけです。
首長と直接やり取りする中でモチベーションも上がるし、やりたいこともできるようになります。
現状を変えたい財政課職員へのアドバイス
―定野さんが起こしたようなイノベーションを今の時代に起こすとしたら、どういうところに注目すべきでしょうか?―
まず言えるのは、お金がない方が知恵は出ます。
知恵が出ないのだとしたら、諦めているということです。
人生も同じで、お金がないから何もできないという人たちと、お金がないけど何とかしようという人たちがいますよね。
どちらになるのかで、まず分かれ道があると思います。
私は、財政課にはお金がないけど何とかしようという人たちの方が多いと思います。
そういう人たちでないと財政課には行かないだろうし、いろいろなアイディアが出るチャンスはまだまだあると思います。
財政課の中だけでやる気をもっていろんなアイディアを出したり工夫をしたりするだけではなく、現場に広げたらもっといろいろなことが出てくると思います。
たとえば、財政課が何を言っても動かない現場でも、自分たちで気が付いたり、やろうと思ったりすれば動きます。
そういう仕組みを作ったらもっと広がると思います。
自治体が違っていても、「あの自治体でこんなことやっている」というのが伝播していけばいいわけです。
そういう知恵を真似しても怒られないですから、そのまま使ってもいいし、時代が違うなら改良するとか、そういうことを続けていくのが大事だと思います。
改革しようと思ったら、現場のテクニックももちろん大事ですが、制度の後押しもものすごく重要です。
包括予算制度みたいに、現場の知恵で現場の問題を解決できるように、予算の権限を委譲することが一つ。
それから、たとえばアウトソーシングをもっと進めやすくするために知恵を集めて提案することも、改革の後押しになります。
―厳しい予算制約がある中で他の事例も学びつつ、前向きな気持ちでアイディアを生み出すのが大事ということですね。本日はありがとうございました。―