明日香と信二
まるで統一性のない物たちと、それを品定めする人間との隙間を縫って先へ進むと
奥の衣類コーナーでソレは一際目を魅いた。
明日香は思わず値札に手を伸ばし、食い入る様にソレを値踏みする。
「何か見つけた?」
後ろから夫の信二がデジカメとプリンターを抱えて明日香に話しかける。
「それ、必要?」
信二の手元を見てすかさず明日香が言うと、
「めっちゃ安いよ!あーちゃんとの思い出いっぱい撮れるし!あれ、何それ⁉︎すげー場違い!」と、信二は問題を逸らすべく明日香が手にしてるものに注目を逸らした。
真っ白なウェディングドレスは確かに場違いだったが、奇妙にその場に馴染んでもいた。
明日香が胸の前にドレスを当て、信二に「どう?」と見せてみる。
「どう、って、まさか買ってくの?」
信二が狼狽えたようにそう言うと、明日香はその卑屈な様子に多少苛つきながらも冷静に答えた。
「だってレンタルするより安いよ。写真撮るだけならこれで充分でしょ」
信二の答えを待たずに会計に向かおうとする明日香の腕を掴み、信二は未だ狼狽えた様子で小刻みに首を横に振っている。
「何よ?」
今度こそ苛ついた声で明日香が凄むと、
「一生に一度だよ、ちょっと高くてもちゃんとレンタルしよう。それに、こんな所にそんな物があるなんて、何か怨念感じるし」
"怨念"の部分だけやたら強調して信二が言った。
信二の言う"こんな所"というのは、持ち主の現れない電車内の忘れ物を売り出すバザーの事だった。
1カ月前に籍を入れたばかりの2人の休日は、決まってリサイクルショップかフリマを回るのが恒例となっており、今日は新聞で見つけた電車内の忘れ物市を訪れていた。
式も挙げず、新婚旅行にも行かないなら、せめて写真だけでも撮ろうと言い出したのは信二だったが、明日香はそのお金がどうしても勿体なく思えて仕方がなかった。そこへ見つけた格安のドレスは、明日香にとって運命だったが、怨念、と言われるとそんな気もしてきて、渋々ドレスを元の位置に戻した。
ホッとした様子で、
「アレ、どうやって忘れたんだろうね。花嫁が昔の男に拐われたのかな?」
そう言う信二を、明日香はまじまじと見つめた。
自分とは全く無関係な事に妄想を膨らませる事ができる信二は、明日香にとって刺激でありながら理解不能
でもあった。
「なになに?なんか顔に付いてる?あーちゃんどう思う?」
尚も呑気にそう聞いてくる信二の顔を凝視しながら、
「考えようとも思わない」
明日香がやけにはっきりした口調でそう返すと、信二はいくらかガッカリした顔をした。