夢見亭
夢の中身を、思い出すことができるのに。……
でも、思い出したくないなあ。
「そういえば、昨日はお姉ちゃんといっしょじゃなかったんだね」
「ああ、まあな。ちょっと用事があってさ」
「ふーん……?」
そう言って、彼女は小首を傾げた。
「そっか..…」
僕を見つめて微笑みながらこう続けた。
「ねえ、お兄さん。私も今度、お姉ちゃんと一緒に行ってもいいかな?その、『夢見亭』ってところに」
「……えっ?」
それはまた、意外な申し出だった。
僕は少し驚いたけれど、別に断る理由もないわけで……。
それに何より、彼女が僕の家に来ること自体、悪い気はしないというかむしろ歓迎したいくらいだ。……
だけど..…
「いや……それは……」
僕は口ごもりながらも、何とか言葉を絞り出した。
「あの店には、あんまり行かない方がいいと思うよ」
すると彼女は一瞬きょとんとした顔をした後で、今度はおかしそうな表情を浮かべた。
「あはは、そんなこと言って。お兄さん、ひょっとして『夢見亭』に行ったことがあるんでしょう?それとも何か、特別な秘密のお店でもあって、お客さんの個人情報とかが厳重に守られているとか?」
……うーん。そういうわけではないんだけどなあ。
どう答えたものだろうと考え込んでいると、彼女はさらに続けてこんなことを言いだした。
「大丈夫だよ。私だって子供じゃないんだから。危ないことなんてないよね?」
やっぱり駄目だ!
「それでもやっぱり、行ったらいけない気がするんだよ!」
思わず語調が強くなった。しまったと思った時にはもう遅かった。彼女の瞳からは笑顔が消えていた。
「どうして?私、変なこと聞いたりしないよ。約束する」……いや、そういう問題ではないのだけれど。しかしここで本当のことを言うわけにもいかない。
「とにかく、あの店には近寄らない方が身のためなんだ。頼むよ、分かってくれ」……僕がそう言うと、彼女はしばらく無言のままこちらを見つめていたが、やがて小さく息をつくと「分かった」と言った。
「お兄さんがそこまで言うなら仕方がないね。うん、分かった。諦めることにする」
ほっとすると同時に、少しだけ罪悪感を覚えた。でもこれでいいんだ。僕は心の中で自分にそう言い聞かせた。
それからしばらくの間、僕らの間に沈黙が流れた。彼女は黙ったまま、何かを考え込むような様子で前を見て歩いている。その横顔を見ながら、一体何を考えているのだろうと僕は思った。
「ねえ、お兄さん」しばらくして彼女が口を開いた。「私、昨日の夜見た夢の話をしてもいいかな?」……えっ?
「昨日の夢って……、どんな夢を見たのか覚えているのかい?」
「うん、大体分かるの。でも詳しいことはよく分からないんだ。だから話を聞いてくれる人が欲しくてさ」
「それで僕に聞いて欲しいっていうことなのか?」
「そうだよ」
「どうして僕なんかに?他の人じゃなくて?」
「だってお兄さん、私の夢の中に出てくる人にすごく似ているんだもん」……ああ、なるほど。そういうことか。
「ねえ、お願い。話だけでも聞いてもらえないかな?」
僕は迷ったが、結局断り切れずに彼女に尋ねることにした。「……わかった。話してくれないか」すると彼女は嬉しそうな表情になって、「ありがとう」と言うと、夢の中の出来事について話しはじめた。……彼女の話は、次のようなものだった。
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