中原中也『サカース』空耳図書館のはるやすみ2022映像版のおはなし。
2015年にコネクトの子どもゆめ基金助成事業(読書活動)としてスタートした恒例の「空耳図書館のはるやすみ」は今年も映像版として大人たちにもお届けしています。今年は昨年の宮沢賢治『春と修羅』に続き、中原中也『サーカス』(詩集『山羊の歌』より)を、春分の日の昨日よりYoutubeチャンネル『空耳図書館のおんがくしつ』で公開しています。
『春と修羅』は大正13年(1924)に出版された宮沢賢治の生前唯一の詩集でした。この本はほとんど売れずに神田の古書街に横流しにされ、それをダダイスト詩人・中原中也が出版の翌年に偶然見つけて愛読します。今回の「サーカス」は『春と修羅』から10年後、昭和9年(1934)に出版された中也の詩集『山羊の歌』におさめられています。しかし実際に書かれたのは『春と修羅』の出会いから5年後、特に「原体剣舞連」の「Dah Dah Dah Dah」影響を受けたと言われています。おそらく「ダダ」の音がダダイストにとってお気に入りだったと思いますし、音楽的な賢治の言語感覚にも共鳴したのでしょう。実際に中也の未発表作の中には「ダダ音楽の歌詞」(『ダダ手帖』より)という詩もあり、音楽家たちとの交友録も残されていますので、オンガクは常に身近な芸術だったと思います。
共に生前唯一の詩集を残した賢治と中也。年齢も生まれた場所も違うふたりが直接出遭うことはありませんでしたが、30代でこの世を去った早すぎる彼らの感性は100年後の今も色褪せることはありません。むしろ震災、疫病、戦争の時代を生きることになった今の私たちにこそ強く響くものがあります。
今回はダダイズムの代表的な「コラージュ」の発想から、映像はメンバーが各所で撮影した素材のつぎはぎ、朗読も言葉の指示による別録り、音はサウンドスケープの記憶の断片を集めています。つながっていないはずの世界が「サーカス」をキーワードに不思議とつながっていきました。ブランコや玉乗りや動物の曲芸、、古いサーカス小屋は一見すると脈絡のない世界が次次と繰り広げられていきますが、そのコラージュされた時空が一期一会の宇宙を作り出します。それは予想外のことが起き続ける人生そのものとも言えますし、中也は当時の宙ぶらりんだった自身の存在をブランコに重ねたのかもしれません。
創作から5年間温められた「サーカス」は中也自身によって朗読され、それをきっかけに翌月には仲間たちの協力で『山羊の歌』が出版されました。きっと印象的な朗読だったのだろうと思います。中也はどんな声で、どんな調子でこの七五調の詩を読んだのでしょうか。賢治と同じように言葉と音楽の間を探った詩人はきっと魅力的な演者でもあっただろうと思います。
今回の映像朗読は、中也の作品を次世代に伝える目的で原文(文字)に忠実に読んでいます。空耳メンバーによるライブ版はまた別モノと捉えていますので、どこかで表現にも挑戦してみたいです。朗読の背景音は多様性のあるワークショップで生まれる音風景の記憶を再現してコラージュしています。
ダダイズムは第一次世界大戦中のスイスで始まった100年前の芸術運動で、活動期間はわずか4年間です。フランスの詩人・トリスタン・ツァラの「ダダ」宣言は日本の芸術家たちにも影響を与えましたし、賢治も中也もその系譜にあります。戦争の破壊や虚無感からあらゆる既成概念を壊そうとした分野を横断する当時の芸術家たちは、本当は何を探り出そうとしていたのか。ダダの後につづくシュルレアリズムはナチスの厳しい弾圧に合います。権力者たちは芸術家たちの何を恐れていたのでしょうか。
今回の映像制作を通して、コラージュ(フォトモンタージュ)の創始者のひとりでベルリン唯一の女性ダダイスト/ハンナ・ヘッヒの存在を知りました。彼女はナチスの退廃芸術弾圧に遭いながらも、ベルリン郊外の古家に身を隠すように暮らし、庭仕事をしながら人生後半を送ります。しかも彼女がダダイストのコラージュ作品や記録を残していました。ダダイズムとは戦争の無意味さや虚無を作品にする反戦活動でもあったのです。
空耳図書館のはるやすみ2022
テキスト:中原中也「サーカス」 詩集『山羊の歌』より 昭和9年(1934)出版
【空耳図書館コレクティブメンバー 50音順】
新井英夫 Hideo Arai(体奏、Movement&映像)、板坂記代子Kiyoko Itasaka(布、Movement)、
石橋鼓太郎 Kotaro Ishibashi(映像) 小日山拓也 Takuya Kohiyama(仮面と影絵、Reading、映像)、ササマユウコ Yuko Sasama(Soundscape、映像)、三宅博子 Hiroko Miyake(Voice)
ディレクター:ササマユウコ Director:Yuko Sasama
空耳図書館のおんがくしつ
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