![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/158683110/rectangle_large_type_2_4ba98b6f6d96737e2d310672a5a55879.jpeg?width=1200)
遊牧牛➀
ある朝、コンビニからの帰りに僕は牛を散歩させるセーラー服姿の少女を見かけた。
都会の真ん中で、首輪をつけた牛を歩かせていることに驚き、二度見いや三度見してしまった。
牛はピンクの首輪をしてピンクのリードにつながれたまま大人しく少女の数歩前を歩いていた。
そして、時折街の植木に生える雑草を食んでいた。
ちらほらと駅へ向かう人々が少女と牛の横を通り過ぎていったが、振り返りはしても特段大騒ぎする人はだれもいなかった。
僕も同じように、何も見なかったことにして寮へ帰った。
コンビニで買ったサンドウィッチと100%のオレンジジュースを口に入れると急に眠気が襲ってきた。
朝日を浴びながら、僕は眠りに落ちた。
その日、僕は広大な放牧地をさまよう夢を見た。
きっと今朝の出来事が原因だろうと夢の中で思った。
目が覚めるとすっかり日が暮れていた。
時計に目をやると、17時を過ぎた頃だった。
この時間は学生達が大学から戻ってくる頃なので普段から騒がしくなるのだが、今日はいつもに増して階下がにぎわっていた。
僕は洗面所で軽く顔を洗って髪をとかすと、1階の共用スペースへと様子を見に向かった。
僕の住む寮は、もともとは教授の別宅だった。
しかし、教授が奥さんと離婚して本宅から追い出され、別宅に本宅として住まうようになった。
教授は、広い別宅に一人で暮らすことに耐えられなくなり、僕たち貧乏学生に部屋を貸し出すことにした。
3階建ての広い家は、リビングとキッチンがある1階は共用スペース、2階と3階が教授と僕たち学生各々の部屋となっている。
2階には僕を含めた3人の男子学生と教授、3階には女子学生2人の部屋がある。
風呂とトイレは教授がリフォームして各階に設置してくれた。
僕たち学生は各部屋各階の掃除、そして交代制で共用スペースの掃除をすれば家賃1万円という破格の値段でこの寮に住むことができた。
僕が階段から降りてくる足音を聞きつけて、ムクが駆け寄ってきた。
ムクというのは、僕の隣の部屋で暮らしている大学院生の桃原さんがもらってきた犬だ。
長毛種の血が入っているのか、夏でも冬でもふさふさとした毛を蓄えている。
「いったいなんの騒ぎなんだ」
ムクを抱きかかえて共用スペースの扉を開けると、セーラー服を着た一人の少女と一頭の牛を囲むようにして寮の住人が全員集まっていた。
「遅いじゃないか、ハル」
僕と同じ4回生で向かいの部屋に住む成宮がそう言って隣へ座るように促してきた。
僕はこの非日常的な光景に目を奪われてしばらくその場から動くことができなかった。
「ハル君、早く」
再び3階に住む3回生の天野川さんからせかされてようやく僕はソファに腰を下した。
「それでは、紹介するよ。僕の遠い親戚で今日からこの寮に住むことになった小春くんと彼女の相棒のライリーくんです。引っ越しの片付けとかみんなで手伝ってあげてね。」
教授に紹介された小春は僕たちに向かって
「白川小春です、今日からお世話になります。」といって深々と頭を下げた。
小春が頭を下げると、ピンクの首輪をつけたライリーも小春を真似るように首を下に傾けた。
みんなが歓迎の拍手をした。
僕もわけがわからないまま、つられて手を叩いた。
「それじゃあ、小春は3階の部屋だから天野川さんに案内してもらって」
教授と桃原さんはライリーを連れて外へでていった。
小春も天野川さんと一緒に3階へ荷物を運びにいった。
「力仕事があれば俺らに任せろよ」成宮が小春と天野川さんに向かって叫んだ。
僕はとりあえずライリーが寮の中ではなく外で暮らすらしいことに安堵した。