このメールを見て、彼女が自分のことにケリをつけようと頑張っているんだなということは伝わってきた。でもどこをどう読んでもケリを本気でつけたいという文章には思えなかった。
だって、今までに何回も彼女が口にしてきたことだったし。また同じこと言ってる。結局彼女は深くは考えてないなと思った。
しかし会う約束の前に送ってきたということは、今の彼女の心境は、大体察しがつく。自分が「じゃあもう会うのをやめよう」と言ってくるのを待っている状況なのだ。そんな都合いいことあるかよ。自分はそう思ってしまった。
その言葉は受け止めるけど、納得はできません。今度の約束はちゃんと会ってな、ということをしっかり返信して、会う日を迎えた。
彼女ができるだけ本気でメールを送ってきていることはわかっていた。理解していたけれど、さらに裏があるだろうと思っていた。まだこのメールに書かれていない本心や理由があるのだ。そういう人間なのだ。ここまで関係を続けてきた以上、このまま終わることはできない。先ほども書いた通り、そんな都合の良いことはないのだ。それはお互いに。
自分は破滅の時間が近づいているのを感じていた。
当日、しっかり心の準備をしていったものの、合流する途中でお腹を壊した。ずいぶん弱い人間だなと思った。それでも心の中では「これを乗り越えたら一緒になるな」という、根拠のない自信があった。
なんとなく本屋に行って、昼ごはんを食べた。車のなかで「どうしたい?」と聞くと「スタバに行きたい」と言った。テイクアウトのドリンクを車に戻って飲みながら、いつ本題の話をするんだろうと思っていた。そのタイミングを見計らっているのはひしひしと伝わってきていた。でもこちらからは出さない。向こうがいつ話し始めるか、だ。
ようやく話を始めたのはそれから10分ほど経った頃だろうか。
最後になるつもりはなかったが、どれだけ彼女が本気でこちらに向き合ってくるかが勝負だった。またちぐはぐなことを言うようだったら、どうしようかとも考えていた。結局対策なんてできなかったけど。
彼女はぼそり、ぼそりと話し始めた。別れ話になるなら、気持ちの良いものにはならないだろうなというのが自分の見立てだった。始まりが始まりだったし、こうして会いにくいと思いながらも、会っている現状がある。だが、すぐに何も言わなくなった。
「何から話そうか迷ってる」と言われたので「思いついたことから話せ」と言った。相手だって、とても順序めいた会話なんてできると思っていないだろう。それとも頭の中でチェックメイトまでの流れを反芻しているところだろうか。いや、そこまでは考えてないなと思った。できるだけ短く。そしてこちらを納得させる言い方を考えているというのが横顔から見えた自分の予想だった。
彼女はこの前メールに乗せてきた話をゆっくりとし始めた。本当にメールに沿って、という感じで。
「…と、いうことです」と区切りがついたので、こちらの番が来たんだなと思った。
まず話したのは「理解したけど、受け入れられない」ということだった。本気で言っているようには思えなかったし、なんかまだ裏があるだろうという自分の見立てが合っているように思えて仕方なかった。
まだまだ、本心にたどり着いてない。でもどちらにしろ全部、膿をを出し切らないと、もう帰れない。どうやったらいいだろうか。自分はもう「じゃあ最後なら休憩行こう」と言った。
彼女は「行かない」とすぐに言った。我ながら最低の質問だ。まぁここまで来たらとことんだ。じゃあ次の質問。
「最近、上司とはどうなの」と聞いた。本当にこれで最後なら全部聞いて納得してからにしようと思ったから。
彼女の答えは「たまに会ってる」というものだった。自分は最近上司の話が出てこなかったので、彼女の中では一区切りがついているものだと予想していた。またはそれに近い答えが出てくるものだと思っていたので、想像を裏切られた形だ。
なんだか一気に頭に血が上った。
「仕事終わりに会ってるの?」
「そう」
「子供に寄り添うので精一杯なのに?」
「時間があるときは」
「時間あんじゃねえか」
ほとんど被せるように自分は強く言った。
「なんで息子に寄り添うので精一杯って言ってて、上司に会う時間は作れるんだよ。言ってることとやってることが全然違うじゃんか」
彼女は何も答えない。
「本当に息子に寄り添うので精一杯で、俺とのことが難しいの?」
「彼とは何も望んでないもん」
「じゃあ会ったらどうしてるの?車の中で話するだけ?」
「そうじゃない」
「ホテル行ってるのか?それって好きってことだろ?全然息子に寄り添ってないし、これまでと何も変わってないじゃないか!今まで言ってたことはなんなんだよ!それに旦那はこのこと知ってるのか?息子に寄り添うって言っといて、ゴリゴリに他の男と会って肉体関係を続けてるってなんだよ!何も望んでないなんてウソじゃんか。期待してるから会うんだろ。好きだからなんだろ。期待してるから今だにそんなことやってるんだろ。いい加減、正直に言えよ!」
もうどうにもならなかった。これまでのことが走馬灯のように浮かんでは消えた。思い出すのは苦しいことばかりだった。
「あなたに何がわかるの」
彼女の嘘に塗り固められてきた、これまでの2年間が泡と消え、終わった瞬間だった。