一緒に生きていくという気持ち

彼女に対して、そして彼女が自分に対して求めている一番スマートな対応というのは、このまま何も言わずに身を引くということ一択なんだろうなぁと、ぼんやり考えていた。

会いたいなぁ、とか嫉妬の気持ちが生まれるのは、いつも彼女がノーリスクで今の状況を謳歌していることだった。彼女は今、関係を持っている全ての人とダメになってもノーリスクだ。元の生活に戻るだけ。子供も順調に大きくなって、その成長を見守ることだけに集中すればいい。

だったら、本当に好きな人とだけずっと関係を持ちたいというのもあるんだろうなと思った。自分でもそう選択するんだろうし。でも諦めたらおしまいだよな。試合終了のゴングを自分で鳴らすわけにはいかないとずっと思っていた。

インスタグラムを開くと「人生に迷った時10カ条」みたいな投稿がおすすめに出て来た。こんな投稿探してないのになと思いながらも見てしまう。

こちらが「やっぱり休みの日にち、元に戻せない?」と言っても、彼女は「小学校の行事がわからんくて」とはぐらかされた。じゃあわかったら教えてくれよと思ったが、生活スタイルの変化によって、それは難しいらしかった。

また緊急事態宣言があって、やっと会えると思った5月。近所のショッピングセンターをぶらぶらして「昼でも食べようか?」と声をかけたところで彼女が言った。

「ごめん、子供小学校から帰ってくる時間だ」

え?

それ、なんで先に言わないのと思った。単純に怒りが湧いて来た。つまり最初から彼女は一緒にいるつもりなんてなかったのだ。

真っ直ぐに物事を言わない人を「悩ましいね」と笑って見ていられるのは傍観者だけだとよく思う。竹を割ったような性格で「むりむり!」と叫んでる人の方がよほど付き合いやすいなと思ったりもする。

帰りの駐車場で「次はなんとかするから」と言った。

きっと何も思ってないんだろうなと思った。

この2年を振り返る時間が自分の中で増えていった。彼女の未来のために使っていた時間が、全部無駄なものだったという自覚は、自分の心をストレスのどん底に陥れた。

嫌だ。

でももう無理かもしれないという気持ちが湧き上がってくる。ぐっちゃぐちゃだ。

きっと自分が死に物狂いで頑張って、彼女と一緒になっても、彼女は自分の知らないところで新しい男と同じようなことを繰り返すのだろうと思った。

そして彼女の旦那のことを思った。以前、上司との関係のことも「旦那にバレそうになったことがあった」と言っていた。

自分は思った。それはすでにバレている。旦那が問い詰めないだけだと。

物わかりの良い旦那だなとずっと思っていた。彼女が伝えてくる旦那は彼女が言っているような人ではないだろうなと思った。ただ鈍感なだけなのか、気づいてても離婚さえなければいいや、くらいに思っているのか、自分にはわからない。

子供もいる。少なからず子供のことを大事に思っているみたいだし、離婚さえしなければ、彼女は住んでいる家に戻ってくるだろうし。それに結婚しているくらいの関係なんだから、自分よりも彼女の性格(離婚を切り出す勇気なんてない)を知っているんだろうなとも思った。それに同じ会社で働いているということは、知ろうと思えば、少なからず彼女の情報が耳に入ってくることを意味している。自分が旦那の立場ならば、ほんのちょっと探れば全部わかるだろうなと思う。というか、それでわからないわけがない。

最初、自分が転勤を言い渡されたのは、彼女との関係がバレたからだと思っている部分があった。しかし実際は自分よりゴリゴリに関係を持っている人間が近くにいて、その上司は今も彼女と同じ場所で働いている。運が悪いのか、はたまたそこでやめればよかったのに、というお告げだったのか、今になってはわからない。でも諦めたくない、という自分の気持ちにウソをつくことだけはしたくなかった。

自分は以前、病気をしたときに、入院中に当時の彼女からフラれた。そのとき「もう二度と人を好きになることはやめよう」と思った。退院の前日、病室で母親の前で「悔しい。何でこんなことばっかりなんだ」と号泣したことを今でも鮮明に覚えている。

だから何で好きになってしまったんだ。よりによってこんなめんどくさい関係になるまで、と思わないこともなかった。

ただ、単純に好きというわけじゃない。この人とだったら一緒に何でも乗り越えていける。そう思ったのが今回の彼女だった。今までお付き合いした人とは明らかに違う心の安らぎに、自分はこの人を諦めたら人生おしまいだ、と言い聞かせていた。これだけ大っぴらにダブル不倫していることを知っていながらも、諦めることができない。諦めの悪さが光っているのは、もう仕方のないことだと思っていた。

やるならとことん、とことんだ。

メールのやり取りが減ってきて「もうめんどくさいか?」といい加減送りつけたのが6月の初めころだった。

「生活でいっぱいいっぱい」と謝られたのがそれから数日後のこと。やり取りが減っても、いつも同じ時間にメールをして来ていたので、メールが嫌なわけではないんだろうなと思っていた。そして彼女が言っていることも「ある程度」合っているんだろうなということも。

しかし会う約束をしていた数日前、長文のメールが送られてきた。

いいなと思ったら応援しよう!