映画「いまダンスをするのは誰だ?」はこうして創られた!(第4回)
こんにちは😊
映画監督の古新舜といいます。
私は、独立系映画を長年続けて参りました。
初監督作品は、「ノー・ヴォイス」という映画を製作し、犬猫たちの殺処分という現実を如何にしたら解決していき、人間と犬猫とが共に幸せに暮らせる社会を如何にして実現していけるかを描きました。
2作目は、「あまのがわ」という映画を製作し、寝たきりの方が分身ロボットOriHimeを通じて、誰しもが活躍できる社会を如何にして実現していけるかを描きました。
最新作は、今回の投稿のタイトルにもあります「いまダンスをするのは誰だ?」(略して、いまダン)です。パーキンソン病という難病をテーマに、難病の理解とその方々の就労環境の向上、包摂性のある社会環境を生み出していくために製作を行いました。
なぜ、今回このnoteを投稿しようと思ったのかといえば、映画製作を行いたいという全国各地よりご連絡やご相談をたくさんいただくからです。
お陰様で、全国で上映・講演活動をさせていただいており、古新とお会いすると、「自分の話をもとに映画創って欲しい」「自分も映画製作をしたい!」「映画ってどうやって創られるの?」という声がわんさか届くため、今回のnoteを執筆しようと考えました。映画製作の裏側をお話しするとみなさん驚くほど、そんなに大変なの?と目を丸くされます。一様に皆さん大変に驚かれるので、映画が創られるまでの過程をこと細かにお伝えすることで、映画製作を志す方への参考になり、かつ映画鑑賞の上で、製作者はここまで人生を賭けて作品と向き合っていることへの理解のつながればと思った次第です。
そこで、最新作「いまダン」を題材として、製作過程をこと細かくお話しし、映画製作の裏側を知っていただくことで、映画の観方や捉え方を学んでいただきたいという目的があります。
あくまでこれは私の体験談ですので、他の製作者が全て同じかといえば、そうではない例も多々あるかもしれません。しかしながら、映画業界に長年身を置き、たくさんの仲間たちや関係者の話を至るところで聞く限りでは、他の映画製作者も生半可なあぐらをかいた状況で、映画製作に向き合っていないことは事実だと思います。
1冊の本になるほどの分厚い記述をかなり絞ってまとめても、それ相応の分量となり、全15章をnoteでは全8回に分けて、お届けしたいと思います。
今回は、第4回目の内容(第7章の後半)となります。
第1回目はこちらに投稿いたしました。
第2回目はこちらに投稿いたしました。
第3回目はこちらに投稿いたしました。
7:映画「いまダン」のプリプロダクション(企画・脚本制作・資金調達)
前回は、映画の企画発起から、脚本制作の流れを綴りました。今回はその続きになります。
6)主演にも樋口了一さんを器用!
映画の企画が進んでくると、主演を決定するフェーズに入ってきました。主演が決まることで、映画の完成への道筋が見え、関係者の意識も高まり、スポンサーもさらに集めることができるのです。
みなさんがよくご存知の俳優さんを候補に挙がりましたが、小生は仲間たちとも相談をして、樋口さんに主演を打診させていただきました。何度かライブに足繁く通わせていただき、彼のMCの面白さや人間性を理解して、彼なら演技初挑戦でもこの大役をこなしてくれるだろうと考えたのでした。パーキンソン病当事者が主演で作品と向き合うことほど、この映画のメッセージ性に説得力があるものはないと、清水の舞台から飛び降りる想いで彼に直筆の手紙を書いて、打診をさせていただきました。樋口さんは取材で何度もこのエピソードのことを話されています。
2023年10月10日(火)文化放送「大竹まことゴールデンラジオ」
YouTube「藤やんうれしーの水曜どうでそうTV」
最初は、監督の勘違いでどうやって断ろうかと考えたそうですが、こんなオファーは一度逃したら、今後絶対にないと思って、出演を承諾されたそうです。小生もある種の賭けのような氣持ちはありましたが、小生も樋口さんにオファーしなければ、生涯後悔するという想いでした。そして、独立系映画の醍醐味はこういうチャレンジ精神にあるというフィロソフィーもあったのは確かです。大島渚監督、若松孝二監督と自身の世界観を貫き通した先輩監督のマインドを見習ったというのが本音かもしれません。
こうして、樋口さんが主演に決まったのが、2022年の2月、この時点で1700万円が集まっていたました。
7)予算が満たないままで撮影敢行が決定
企画から2年経過していて、その際に稼働した行動費や映像制作費、取材や並行して動いていたドキュメンタリーなどの費用を差し引き、1100万円程度が口座に残っていました。当初の予算規模3000万円に届かないため、その後に見込まれるスポンサー費用を鑑み、撮影を1700万円で敢行しようと考えました。撮影期間は10日間と定め、撮影時期は、樋口さんが「水曜どうでしょう」のキャラバンに旅立つ前の、2022年7月29日から8月8日(間に撮影休日を1日挟む)といたしました。
撮影にあたっては、集めた貴重な資金を十全に無駄なく使うために、細かく予算表を構成し、総合スケジュールという撮影スケジュールを作成いたします。
8)主要なスタッフを固めていく
ある程度の全体予算が決まり、撮影日程を決めていく際に大切な人物がラインプロデューサーという役職です。ラインプロデューサーは制作の予算を管理し、適切に撮影を計画していくことで、赤字を出さず、撮影を円滑に進めるためのプランを立てる重要な役割です。
監督によって、撮影で水を使いたい、火を使いたい、エキストラをたくさん登場させたいなどさまざまな要望が出てくるわけですので、限られた予算の中で、どのようにしたら工夫して監督の演出を実現できるかをサポートする役割で、多くの経験や知恵がラインプロデューサーには求められます。スタッフの人数が少なければ、費用を抑えられますが、撮影スタッフに負担がかかり、時間もかかります。さまざまな要素のバランスを見極めて、作品の下支えをする役割を担います。
「いまダン」では、ラインプロデューサーに古新の短編映画でも何度も現場をご一緒させていただいた赤間俊秀さんにご依頼をいたしました。古新の演出や作品の世界観をよくご理解いただいていることが一番の理由です。映画のスタッフさんは、基本フリーで活動されている方が多く、各現場(映画業界では「組」と表現され、山田組、黒澤組などと称として、監督を頂点に各部署との連携を図ります)では、相性の良いキャメラマン(撮影監督)、照明、録音、衣装、メイク、制作スタッフが集められます。関係性のあるスタッフといつも一緒に撮影に臨めるわけではなく、撮影のタイミングによっては、他の現場に長期間拘束されていて、作品に参加ができないということも多々生じます。そのため、ラインプロデューサーやキャメラマンなどの主要なスタッフは、早めに監督やプロデューサーから声がけをすることが最重要事項となってきます。それは、俳優に対しても同じことが言えます。大切なことは先手先手で先回りして、計画を遂行していくことです。希望通りのスタッフさんやキャストさんが調整できなかった場合は、今までの関係者や仲間の伝手をあたって探すことで、かえって面白いご縁が繋がるということも多々あります。これは心理学者のジョン・D・クランボルツ教授の「計画的偶発性」と大変連関するものだと考えています。自分の心の持ちようで、状況は如何なることもうまく運んでいくと小生は考えています。
今回、撮影監督には、私の初監督作品「ノー・ヴォイス」で現場をご一緒した篠田力さんにご依頼いたしました。自分の撮影スタイルや雰囲氣がわかる彼だからこそ、現場では阿吽の呼吸で撮影を行うことができました。
コロナ禍で酷暑の中、パーキンソン病当事者の樋口さんを主演に迎える。これだけでも通常の撮影環境とは異なる負担があるわけですから、制作スタッフも多くの準備や神経を使うわけです。そのため、監督と撮影監督が作品のイメージを共有しながら、俳優さんたちに演出プランを伝え、撮影監督はキャメラの位置をセッティングしながら、照明スタッフさんなどと連携を図っていけるのです。監督と撮影監督はピッチャーとキャッチャーによく例えられ、二人の関係性は撮影現場の要諦となるのです。
ここにおいても、事前に入念に打ち合わせをしたり、参考となる作品を共有したり、時には呑み明かして好きな作品のことを語ったりすることが重要となってくると感じています。
9)突然の松野さんの逝去
撮影の準備や不足している資金調達に連日奔走ている最中の2022年3月30日、一本の電話がかかってきました。企画者の松野さんがご自宅で倒れて亡くなっていたとの連絡でした。電話口の小川さんは、大変動揺されていて、古新ももちろん驚きました。ですが、古新は松野さんが近くお亡くなりになるのを1月の時点で察していました。映画の打ち合わせをした時の松野さんから漂う雰囲氣に、死期が近いかもと感じていたのでした。
昔から、人の死期を敏感に感じ取る力があって、今年2024年の1月に亡くなった自分の父親も天国に召される時期を察していました。そんなこともあり、松野さんが亡くなった時には、静かに心の中で、「ここまでよく走り続けたね。最後まで自分の夢に向き合ったことを心より尊敬します」と呟いていました。
突然の出来事で、ご家族も関係者も皆さん心痛な面持ちでした。小生も同志を亡くなったことに深い悲しみが込み上げてきました。
前作「あまのがわ」の際も、実は撮影の直前に企画を一緒に立ち上げた番田雄太くんを28歳で亡くしてしまい、完成した作品を彼に観せてあげることが叶いませんでした。今回も同様に撮影前に、企画者を亡くしてしまい、2作連続で作品に対して一番想いの強かった関係者に作品を観せてあげられなかったことは、言葉にならない氣持ちでいっぱいでした。
ですが、その分彼の遺志を全身全霊で受け継いで、この作品を何がなんでも完成させ、公開されるという使命感が満ち溢れることとなりました。
棺の中でその決意を彼に伝えると、松野さんのご子息の裕さんが小生の元にやってこられました。そして小生にこう告げられました。
「寡黙で厳格だった父親がこんなにも笑顔になれたのは映画製作と向き合っていたお陰です。父の最後にこのようなチャレンジの機会を授けてくださり有難うございました」
私はこの言葉を聞いて涙が止まりませんでした。人は何歳からでもチャレンジができる。そしていつ亡くなるかわからないそのタイミングで笑顔でこの世を旅立てたのなら、それは最高の人生の終わり方だと感じたからです。そして、いつ何時でも人はチャレンジができるというメッセージは、「いまダン」でも伝えたいメッセージでした。松野さんの生き様や生きた証は、構成を生きる人たちに必ず必要なメッセージであるという気概が生まれ、資金もコロナ禍も大変な状況ではあるが、諦めずに突き進もうと思ったのでした。
10)キャスティング・オーディション
映画で脚本と並んで重要なのが、誰が出るか?でしょう。
出演者は、監督としては有名な俳優さんに出てもらいたいと思う人も少なくないと思いますが、私は有名とかではなく、作品の世界観に最も合う人をキャスティングしたいと思っています。
その中でも冒険やチャレンジは大切にしたく、前作「あまのがわ」でも何百人の書類選考の中から、当時まだ駆け出しだった福地桃子さんを抜擢させていただき、映画初出演をしていただきました。
書類選考の中には、今ではとても有名な方々も多数おられ、福地さんではなくてこちらの女優さんの方がいいのでは?という意見も多数上がりましたが、私はキッパリとこの方、これからめちゃくちゃ伸びますよ、という理由で押させていただきました。
案の定、「あまのがわ」に出演した後に、NHK「なつぞら」「鎌倉殿の十三人」に出演が決まり、この時、ご依頼して本当に良かったと感じています。
さて、「いまダン」では、主演の樋口さんの後は、私がいつもご一緒させていただいている吉満寛人さん、杉本彩さんなどにお声がけしていきました。主要なキャストさんと並行して、脇役や端役の方々も調整していきました。
古新はお陰さまで長年の映画業界の中で、魅力的な俳優さんを多数知っておりますが、いろんなチャレンジをしたいと思い、即興舞台「こんなはずじゃなかった。」でご一緒した静恵一さんやちゃーはん天野、あべみほさんや澤田拓郎さんなども起用させていただきました。
加えて、渋谷哲平さん、新井康弘さん、塩谷瞬さんなど、いろんなご縁から引き寄せられるようにキャスティングが決まっていきました。
よくギャラはいくらくらいするの?と尋ねられますが、みなさん映画に関しては、脚本の良し悪しで決められます。脚本に興味を持っていただいてから、今回はこの予算規模なので、この金額で如何ですかと提示させていただきます。映画に関しては、ドラマやCMと違い、広告としての作品ではなく、
製作者の想いや社会的使命が伴う場合が強いですので、俳優さんたちは、映画に関しては、他の映像コンテンツとは別扱いと考えている方が多いです。独立系映画の場合は、予算が潤沢にあるわけではないですから、お一人に何百万円をお支払いするケースは皆無だと思います(特別なケースでない限りです。例えば、その俳優さんがスポンサーを引っ張ってきたとかであれば、考えられますが)。そのため、製作者は作品に対しての想いとご出演いただきたい誠意を精一杯伝えて交渉をいたします。ここには、作品に対しての情熱と共に、礼儀や相手へのリスペクトが土台にあることは言を俟たないでしょう。
今回は、一番難航したのが、娘の鈴涼(りず)役でした。候補がいない難航ではなく、魅力的な候補が多すぎたという方です。素晴らしい方々が多数応募されてきて、どの方でも作品は成立するなと思いました。新生児の時から芸能界にいる方もおられ、堂々とした姿で演技をされる方もおられ、この方いいなと監督冥利に尽きる時間でした。
そのような中、選ばせていただいたのが、当時16歳の山本華菜乃さんでした。
なぜ彼女を選んだかといえば、この作品に対しての想いや家族との向き合い方です。今回の作品では、パーキンソン病を扱いながらも、家族の絆が描かれています。だからこそ、自分の家族をどのように捉え、そこから紡がれる娘の姿はどのようなものかを、しっかりと言葉にして、演技ができる。その双方を兼ね備えていると一番感じられたからです。ダンスも十全にこなされていて、人間性もしっかりとしている。中学2年生の設定なので、16歳は少しお姉さんかとも思いましたが、あどけなさがあり、中2の設定でもいける。精神的にも年齢が高い方が、家族との葛藤も描きやすい。そう考えた次第でした。
この視点は、現場でまさに功を奏し、父親に叩かれる演技も堂々と演じてくれました。そして、ラストシーンのダンスも見事に演じ切ってくれ、やはり現場をご一緒できる俳優さんは、主体性や社交性と共に、レジリエンス(逆境力)を備えた方でしかできないと感じています。
私も今までたくさんの現場をやってきましたが、キャストさんに限らず、スタッフさんでも現場が辛いとか愚痴を言う方も少なからずおられました。確かに大変な状況はあるのですが、ポジティブ思考で仲間を大切にし、困難を乗り越えようとする意志や共同体感覚はとても大切で、これなしにして、映画製作は成功裡に終わりません。良い作品を生み出す上で必ず必要となるのは、人間の関係の質を如何に大切にできるかだと思っています。それを見極めるのが監督の最大の資質と言っても過言ではないかもしれません。
11)ロケハン(ロケーション探し)
松野さんが亡くなってから、撮影の開始を一ヶ月遅らせた2022年7月末を目標としました。
今回の映画では、会社・自宅・パーキンソン病コミュニティ・病院理事長室・郊外、そして大円団のダンスコンテスト会場などロケ地でいうと40箇所近くのロケ地を探す必要がありました。これをスタッフさんと手分けして探すのですが、独立系映画の場合は予算を抑える関係で、知り合いの自宅をお借りしたり(もちろん自分の家が最優先に選択肢に入りますが)、学校なら母校に相談したり、馴染みのあるお店に掛け合ったりと、自分の生活に密着しているところから手当たり次第当たっていくことになります。
ただ、ロケ地は通常の営為を行なっている場所ですから、居住地の場合は、住んでいる方の生活に支障がない日にち、近隣にご迷惑がかからない場所、店舗なら営業を行なっていない曜日などを選んで探すことになります。
【ロケ地を探す条件】
監督のイメージにあう場所
予算を抑えてお借りできる場所
貸してくださる方が映画撮影に興味がある/好意的
近隣の理解が得られる場所
工事や飛行機などの音量が高くない場所
前後のロケ地の移動がスムースな場所
となります。これは日頃からの人間関係や行動範囲がものを言います。映画製作者は、いろんな場所に赴いて、たくさんの人と交流をしていくことで、ロケの際に必要な情報やサポートを得ることができます。
「いまダン」でも古新の人的リソースをフル活用させていただき、予算内のロケが敢行することができました。(第8章で後述いたしますね)
ロケハンはいろんな場所に出向いて、人との交流に触れ、世界を開いていくれる最幸の時間です。その世界から、撮影のイメージが広がり、空間や置かれているモノを活用して、登場人物が頭の中で生命を帯びていくのです。
12)樋口さんダンス猛練習
演技初初戦の上、ダンスまで猛特訓していただいた樋口さんには頭が下がります。熊本にお住まいの樋口さんには、ロケの2週間前に上京していただき、高円寺のスタジオでレッスンを3回受けていただきました。ホテルでは、樋口さんは窓ガラスを鏡がわりにして、夜な夜なダンスのレンスをされていました。
ご自身でしかわからないご苦労も多々あったかと思いますが、愚痴一つこぼさず、根を上げなかった樋口さんの人間性を心より尊敬いたします。
13)台本読み
クランクインが近づいてくると、台本読みを行います。初めて顔を合わせる俳優陣の雰囲氣に、監督としてもいまだに若干緊張感が走ります。本読みは、映画の世界観を共有し、お互いの存在を確認する大切な作業で、監督の意図や狙いを共有する時間です。
演劇とは違い、映画の場合は、稽古の時間なしに現場に入ることがほとんどですので、この本読みでシーンごとの狙いや演出プラン、登場人物のキャラクターイメージを話し合っておくことが撮影現場に入った時に、とても功を奏します。
14)衣装合わせ
衣装合わせも重要な作業です。数多くの俳優さんがシーンごとに衣装を変えていくわけですので、登場人物の設定や他の俳優さんたちとの相性も鑑みて、衣装を選んでいきます。
衣装合わせで服を準備する衣装さんはさぞ、大変だと思います。頭がさがる思います。
15)制作準備その他諸々
そのほかにも食事や車両の手配、撮影許可の申請、美術品の調達などなど、山盛りの作業を経て、クランクインを迎えます。ですので、どの撮影隊もクランクイン前日まで分刻みで動いては、いろんな作業をこなして、部署を越えた情報共有をしていきます。
早めに作業をしないと撮影許可が間に合わない、運搬の日数で必要なものが手に入らないなどなど、私も多数経験をしてきました。
前作「あまのがわ」では、埼玉のロケで使うための飛魚が撮影までに間に合わないということで、急遽都内で飛魚を出している居酒屋さんを探して、その飛魚をお土産にして持ち帰ったこともありました。
こんな感じで日常ではあり得ないような準備をたくさんこなしてようやく撮影に突入するわけです。
さらには、大人数のエキストラさん集めも行いました。
こちらは古新がベースを案内文のベースを作って、エキストラ担当の方に引き継ぎをさせていただき、このようなgoogleフォームで呼びかけをいたしました。エキストラさんが集まらなければ、撮影の質は大変落ちてしまいます。エキストラ事務所に声を掛ければ、それだけ費用もかさみます。費用と睨めっこしながら、このシーンはエキストラさんが全て埋まった、このシーンは平日でなかなか集まりづらいのでエキストラ事務所にお願いしよう、など制作部さんやエキストラ担当さんと密に連携をしながら、準備を進めていきました。独立系映画の監督の場合は、多方面に亘ることに神経を張り巡らせながら、撮影に臨むので、一瞬たりとも氣の休まる暇がないと言っても過言ではありません。
(お読み下さり有難うございます。第5回に続きます。次回をお愉しみに!)
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