28話「松嶋・反町ドーベルマン襲撃事件」
相棒の ドーベルマンは 飼うのダメ 凄惨現場 家政婦はミタ
マンショントラブルというのは、一般庶民が住むマンションで起きることとは限りません。高級の上に"超"がつく、超高級マンションでもトラブルは起きました。
トラブルの現場は、渋谷区広尾、東京都心にありながらも高台の閑静な高級住宅地にある一戸建て感覚のメゾネット。2階建て一戸あたり約230平方メートルで月額賃料175万円という物件です。
しかも、当事者は誰もが知る有名人。訴えられた額は、何と5220万円!
本件は、高級マンションならではのトラブル判例として、注目に値します。事件当時、多くのメディアでも報道されていたので、記憶にある方もいるでしょう。
松嶋菜々子と反町隆史夫妻がこの超高級マンションで生活を始めたのは2011年春のこと。長女が厳しいお受験を乗り越えて、名門私立小学校に入学したことがきっかけでした。
2011年5月21日、反町夫妻は居室で飼育していたドーベルマンを散歩させるため、長女(6歳)がマンション2階フロアの共用部分に犬を連れ出した際、犬が子が持っていた手綱を振りほどくように3階フロアに駆け上がり、同フロアの共用通路を歩いていた同マンションの居住者である、佐藤悦子さん(日本を代表するアートディレクター佐藤可士和氏の妻)および息子(4歳)に襲いかかり、佐藤さんの右大腿部に咬みつき、11日間の通院治療を要する右大腿表皮剥離の傷害を負わせました(※1)。佐藤さんおよび息子はこの咬傷事件のためにマンションに居住し続けることが困難な精神状態に陥ったため、マンションの居室を賃貸人X(賃貸会社)から賃借して佐藤さんらを居住させていたB社はXとの賃貸借契約を合意解除し、B社は6月末日限り同居室を明け渡しました。なお、XとB社とは解約違約金(賃料の2か月分に相当する金額)の支払債務を免除することなどについて合意しました。
Xは、反町夫妻が飼育していた犬による咬傷事件が原因となり、Xの賃貸物件の賃借人が退去し(その後入居者が決まるまでの間に)得べかりし賃料収入を喪失したなどと主張し、反町夫妻に対して民法718条1項(ペット飼い主の責任)または同法709条(不法行為責任)に基づき損害賠償を請求しました。
第1審判決は、Xの請求のうち、賃料収入の逸失利益につき反町夫妻の損害賠償責任を否定し、解約違約金につき反町夫妻の損害賠償責任を一部認容しました(385万円および遅延利息)。
X側が、退去した佐藤さん側に月175万円の賃料の2カ月分に当たる違約金を請求しなかった点について、「本来、佐藤さん側に生じたはずの損害をXが肩代わりしたといえる」と指摘しました。
Xは、1審で1725万円を反町夫妻に請求したものの、裁判では、解約違約金の385万円しか認められませんでした。そもそも反町夫妻が今回の事件を起こしていなければ、佐藤家は退去していなかったので、家賃もかなり高額なだけに、大きな損失が発生してしまいました。ちなみに、佐藤可士和氏は、同マンションに、妻と息子の3人で6年間住んでおり、さらにむこう2年間の契約まで済ませていました。それにもかかわらず佐藤家は突然の引っ越しをしました。今回のドーベルマン事件が原因で。
佐藤家が住んでいた02号室は、2011年7月1日から空室となり、ようやく2012年12月1日以降第三者に賃貸することができましたが、月額賃料は従前の月額175万円から65万円減額した月額110万円となり、損害が生じました。
約1年半も空室で、賃料を37%も値引きしてようやく借り手が見つかるというのは、まるで一種の"事故物件"のようです。報道により、世間にも広く知られる物件となり、マイナスイメージの不人気物件となってしまったのかもしれません。
よって、莫大な損害が発生したXは控訴しました(請求額5220万円)。
一方の反町夫妻側は、第1審判決についてどのように考えたか。「金持ち喧嘩せず」で、芸能人としてのイメージを傷つけないためにも、385円万円の賠償命令に、多少上乗せして、Xとさっさと和解すればよかったのにと、私は思います(結果論ではありますが)(※2)。しかし、「週刊文春2013年5月30日号」によると、「反町氏は判決に納得がいっていないみたい」、反町氏は「相手の言い分がおかしい」と怒ってましたと報じられており、実際に、反町夫妻側も控訴しました。
その結果、東京高裁は、1審の賠償命令額385万円を大幅に増やし、1725万円の支払いを命じました。反町夫妻側は控訴して争いを続けたばかりに、1審の4倍以上を支払うはめになりました。
では、なぜ反町氏が1審判決に納得しなかったのか、その理由を以下推察します。
本マンションは、一般的なペット可マンション同様、マンション使用細則により、「小動物」を除く動物の飼育が禁止されています。しかし、反町夫妻は部屋のオーナーに相談し、(大型犬である)ドーベルマンを飼育することが認められていたといいます。そのうえで、マンション管理組合に「犬1匹、3万円」の管理費を支払っていました。
そもそも反町夫妻にしてみれば、「何のルール違反も犯していない。オーナーさんに犬種を話して飼育許可をもらっているのだから」というのが彼らの主張でした。
しかし、2審の裁判長は「小動物以外の飼育を禁じているマンションの規定を破り、住民の安全を守る注意義務に違反した」と指摘しました。1審判決で認められなかった管理会社が定めていた小動物以外の飼育を禁じた規定に反町夫妻が違反していた責任も認めました。それが、損害賠償額の大幅増につながったとみられます。
2審は、マンションの規則で室内で飼える小動物以外の飼育が禁止されていた点に着目し、「屋外の散歩が必要なドーベルマンを飼っていた夫妻の責任は大きい」と判断したようです。
つまり、反町・松嶋夫妻が「賃貸借契約上の義務違反をした」と認め、契約義務違反が原因で受け取れなかった賃料が、不動産賃貸管理会社の(損害賠償の対象とならない『間接損害』ではなく、)『直接損害』と認定されたと考えられます(※3)。
反町夫妻側の主張に対して、裁判長は、
「部屋のオーナーとの間でドーベルマン一匹を室内で飼育することの許可を受けたことが認められるが、建物使用細則の禁止規定の目的は本件マンションの区分所有者、居住者その他の関係者の生命、身体、財産の安全の確保等の共同の利益を守ることにあるから、オーナーの許可を受けただけで直ちに上記禁止規定による禁止が解除されたものということはできない」
「建物使用細則が、原則として動物を飼育することを禁止し、例外として居室のみで飼育できる小動物については飼育することができるとし、小動物を飼育する場合に管理費に関する規定で管理費の支払を義務付けるものであり、あくまでも居室内のみで飼育が可能な小型犬を前提とするものであることはその文言から明らかであって、大型犬で屋外での散歩を日常的に必要とするドーベルマンがこれに当たらないことは明らかであるから、反町夫妻側の主張は採用することができない」
としています。
マンションのルールを遵守すること、ペットを飼うには責任を伴うこと、超高級マンションでは飼い犬が起こした事故の責任も高くつくこと、など本判例は多くのことを教示してくれます。
佐藤可士和さん一家に続いて、結局、反町家もそのマンションを退居したそうです。大切な愛犬を連れて。
※1)佐藤さんはカイザー(ドーベルマンの名前)を引き離そうと、痛みに耐えながら、持っていたカバンでカイザーを叩き続けたが、びくともしない。一方、どうしていいか分からずパニック状態の反町の娘は、階下の母親(松嶋菜々子)を呼びに行った。
「尋常ではない娘の様子に、松嶋は家政婦とともに駆け付け、ようやくカイザーを引き離した。佐藤さんの子供は無事だったものの、佐藤さんの傷は深く、計5回も通院する羽目になりました」
(「週刊文春2013年5月30日号」より)
※2)北川景子主演のドラマ『女神の教室~リーガル青春白書~』で、北川景子は、法科大学院の派遣教員を務める裁判官を演じます。第4話での彼女のセリフ「和解は判例に残らないから(法律家を目指す学生には)身をもって体験してほしかった」。反町・松嶋夫妻も相手と和解で解決しておけば、判例が世間の目に晒されることはなかったのに。こうして僕なんかに取り上げられることもなかったのに…。
※3)高島秀行弁護士「反町・松嶋夫妻「ドーベルマン裁判」 賠償額が1300万円以上も増えたのはなぜか?」参照
東京高裁平成25年10月10日判決
[参考文献]
小賀野晶一『マンションの法の判例解説』194頁
↓第29話