33話「修繕積立金で専有部分を工事できるか?」
専有部 積立金を使うには 必要性と合理性
今回の判例は、主要な判例集では取り上げられていませんが(※1)、マンション管理の実務上、とても重要と思いましたので、ここで紹介する次第です。
そもそも修繕積立金は、共用部分の修繕等のために徴収されています。これを「共用部分と構造上一体となった部分」だけではなく、「共用部分の管理上影響を及ぼす部分」にまで広げることは、この修繕積立金の目的の範囲外になるわけで、そのような対応をすることは無効ではないかということが争われました。
まず前提となる事実は以下のとおりです。
・共用部分であるか専有部分であるかの区別なく、配管類全てを更新する必要が生じていた。
・給排水管等を更新するためには、浴室内のバランス釜と浴槽やトイレ設備を撤去し、浴室の防水機能を回復するためには床の防水工事をすることが必要であった。
・防水工事をした上で旧設備を設置するよりもユニットバス化する方が約6日短い工期で実施でき、1戸当たり50万円低い費用で行うことができること。
・40年以上経過した旧設備を再設置する方法では、漏水の危険があるとして、本件工事の施工業者から工事に関する保証が受けられなかった。
・ユニットバス化に伴い新たに屋外給湯設備を設置する必要があった。
・一部の棟では、洗面台が浴室内に設置されていたため、ユニットバス化に伴い、浴室外に洗面台を設置する必要があった。
・従来、本件マンションでは、居室内に洗濯パンが設置されておらず、洗面所内に洗濯機を設置して浴室に排水する区分所有者が増えていた。その際に、排水が洗面所内に流れてしまい、下階に漏水する事故が散見された。
・先行工事で自ら設置した既存設備を再利用した区分所有者には、再利用する設備の復旧工事代金や本件工事により設置される標準品よりもグレードの高い設備への更新を行うオプション工事の実施代金等の自己負担分から一定額の値引きが行われており、「一定の補償措置」は講じられている。
これをふまえて、裁判所は以下のとおり判断しました。
修繕積立金に関しては、使途を共用部分に限定する法令の定めがなく、本件マンションにおいても、共用部分のみならず、共用部分の管理上影響を及ぼす部分についても使用できる。
そのうえで、本件マンションのこれまでの経緯や構造等を踏まえ、ユニットバス化や洗濯パンの新設等をすることは、共用部分の管理上影響を及ぼす部分の修繕に当たるとして、被告側の主張を認めました。
原告側が、自分で費用をかけて浴室やトイレ等の工事をした者との不公平さを指摘していますが、これに対しては、先行工事をした区分所有者について一定の減額措置を講じていることなどを考慮して、「不公平ではない」と言及しています。
裁判所の判断は、管理組合の管理実務上の必要性を重視したものと考えられるといえます。
管理組合に資金的な余裕や目途がある場合には、今までは、大きくもめたり、裁判沙汰にもならず、配管更新に関して、専有部分も修繕積立金で工事を実施している例は少なからずあります。
一方、国交省は、「専有部分の更新工事は個人負担でやりなさい」と指導していて、そうなると、築年数が経過した高経年マンションでは漏水事故対策等で、当該更新工事の必要性が高まっているにもかかわらず、年金暮らしの高齢者等の個人的経済問題もあり、専有部分の改修工事がなかなか進まないことになります。
マンションの長寿命化を図るうえで、最も優先順位が高く、かつ効果的なのは、「専有部の配管類の更生・更新」です(※2)。それを個人(区分所有者)任せにしていては、全く実効性が上がらないことは明らかです。これから益々、高経年マンションが増えていく中で、共用部分のみならず、専有部分の配管類の更生・更新は、管理組合全体で考えるべき問題です。
今回の判決は、反対者が2人に留まっていることも重視していたのではと思われます。つまり、他の170戸以上が賛成している以上、多数決による「住民自治」を尊重すべきなのはごもっともと言えます。むしろ、最も問題となるのは、「区分所有者間の利害の衡平」が確保されていると言えるかどうかという点でしょう。裁判所は、「不公平ではない」「先行工事を行った者が被る不利益が受忍限度を超えるとまではいえない」と判断しましたが、原告にとっては、納得できない"補償措置"だったのでしょう。
さて、今回の判例も影響したのか、2021年6月の標準管理規約改正で、21条関係のコメント(※3)に、
「なお、共用部分の配管の取替えと専有部分の配管の取替えを同時に行うことにより、専有部分の配管の取替えを単独で行うよりも費用が軽減される場合には、これらについて一体的に工事を行うことも考えられる。その場合には、あらかじめ長期修繕計画において専有部分の配管の取替えについて記載し、その工事費用を修繕積立金から拠出することについて規約に規定するとともに、先行して工事を行った区分所有者への補償の有無等についても十分留意することが必要である。」
という文言が加わりました。
今まで「専有部分の更新工事は個人負担でやりなさい」と杓子定規で指導していた国交省を動かしたのですから、とても重要な判例と考えます。
なお、今回判例は、主要な判例集では取り上げられていなかったために、ネット上からたくさんの情報を収集し、参考・引用させていただました。最後に参考文献を記載します(※4)。
※1) 私が調べた範囲では、日本マンション学会誌『マンション学』2018.Spr p.83-87、『わかりやすいマンション判例の解説〔第4版〕』p.313-316、『日本不動産学会誌』2018.6 p.114-121だけでした。いわゆる、「判例時報」、「判例タイムズ」、『マンション判例百選』には掲載されていません。
※2) 配管からによる漏水事故は、専有部の配管の方が共用部の配管よりはるかに多いです(大和ライフネクストの2022年の調査では、専有部:共用部=81:19でした)。したがって、管理組合が共用部の配管のみを気にしているのでは、意味がありません。ちなみに、専有部の配管で漏水事故が多い順に、給湯管、排水管、給水管です。
※3) 「マンション標準管理規約」は国交省が作成します。分譲マンションの管理組合の憲法とも言うべき管理規約の多くは、これに準拠しています。そして、「標準管理規約」には、国交省が「コメント」と称する条文解釈を作成しています。
※4) インターネットからは、判例集には書かれていないような情報が得られます。
例えば、原告側の弁護士・丸山英気氏は、千葉大学名誉教授であり、マンション学会会長も務めていた、マンション管理の業界では有名人だった(よって、裁判では、主に区分所有法の原則論的な主張が多かった)とか、原告は、管理組合側から「人格欠損の人物」という罵詈雑言を投げつけられて孤立したので、訴訟手段に訴えざるをえなかった。原告によれば、本件マンションは建物の耐震診断を行っていなく、耐震改修計画もない。この建物の耐震性能を心配している。にもかかわらず、共用部分のための修繕積立金が専有部分設備物の更新に充てられた、など。また、物件名も特定されていました。
東京高裁平成29年3月15日判決
[参考文献]
吉田大輝『わかりやすいマンション判例の解説[第4版]』313頁
伊藤歩『優良中古マンション 不都合な真実』東洋経済、2022年10月13日
重松秀士「修繕積立金を専有部分の改修に使用した事例の最高裁決定について」
大原章男「専有部分の修繕に修繕積立金を支出した事件」アメニティ新聞2017年5月号
内田耕司弁護士「共用部分と専有部分の配管・設備の一体改修~裁判例を題材に~」
佐々木好一弁護士「マンション管理組合総会決議無効確認等請求事件」大規模修繕工事新聞102号
管理人は超つらいよ「湘南ハイム裁判の判決を考える 修繕積立金で専有部分を工事できるか??」
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