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29話「携帯電話基地局とするために屋上を賃貸することに反対」

電磁波で 健康被害 不安ゆえ ソフトバンクと 解約へ

 あなたの住んでいるマンションの屋上には、携帯電話基地局アンテナは設置されていますでしょうか。

普段、道を歩いていると、建物の屋上に目がいくことはあまりないですが、あらためて、建物の屋上を注視しながら歩くと、いかに携帯電話基地局アンテナが多いかに気づかされます。特に、最近では、楽天モバイルが「第4の事業者」として携帯通信サービスに本格参入し、一層、街中の建物の屋上に基地局アンテナが増えました(※1)。

 マンション管理組合が、基地局アンテナを設置するメリットは、電気通信事業者から賃借料の収入を得られることです(※2)。実際に、今回の判例のケースでは、本マンションは、賃借料として年間100万円の収入を得ていたそうです(※3)

電気通信事業者からすると、携帯電話の電波がつながりやすくするために、いかに多くのアンテナを設置するかが事業の生命線となります。よって、電気通信事業者の営業マンは、管理会社や管理組合に対して、基地局アンテナを設置するよう、営業攻勢をかけます。

管理組合からすれば、マンションの維持修繕には多大なお金がかかります。組合員からは毎月、管理費及び修繕積立金を徴収するものの、それだけでは足りなくなるケースが散見され、将来の値上げにつながります(※4)。よって、基地局アンテナをはじめとした外部からの収入は、一見メリットしかないように思えます。

 しかし、基地局アンテナの設置にあたっては、今回のケースのように、反対派や心配派の人が一定数いることは珍しくありません。いわゆる、電磁波による健康被害を心配するためです(※5)。

よって、管理組合の理事及び電気通信事業者には、設置にあたり、反対派や心配派の人の声にも耳を傾け、住民に対して丁寧な説明が必要であるにもかかわらず、今回は一部の理事の意向で基地局建設が進められてしまいました。リゾート型マンションなので、常時の居住者は数人しかおらず、臨時総会に参加したのも77人中わずか12人と、一部の理事が独断専行しやすい環境だったとも言えます。

 しかし、議決に不満を持つ住民が調べたところ、賛成票は45票で「共有部分改変に必要な票数(4分の3)」に達していないことが判明しました。一方、ソフトバンク(当時は、ボーダフォン)は、「基地局設置は特別決議事項ではないので4分の3は必要なく、過半数で良い」と主張します。

 基地局建設に反対する住民の要求で、再度、臨時総会が開かれました。その臨時総会では、理事を除く大半の住民が、基地局設置反対の票を投じ、併せて契約を強行した理事の責任が追及されました。そのために、当時の理事全員が総辞職し、代わって反対派の人が新理事に就任し、その場で契約の白紙撤回も採択されました。

 しかし、ソフトバンクは管理組合の要求に応じるどころか、「工事妨害禁止」を求めて、管理組合を訴えました。
一審では、管理組合が勝訴し、ソフトバンクの請求を棄却しました。
ところが、ソフトバンクもあきらめません。これを不服として控訴しました。

 札幌高裁は、一審の判決を取り消し、ソフトバンクの請求を認容しました。基地局設置反対の管理組合は、敗訴という結果になりました。
つまり、本件契約に関して行われた決議は、普通決議の要件(過半数)を満たしていたから、決議要件も満たすと札幌高裁は判断しました。

 後日談ですが、高裁で敗訴した本管理組合は、最高裁へ上告しましたが受理されず、2011年に敗訴が確定しました。

 マンション側は、賃借料として年間100万円の収入を得ていましたが、2012年の総会で、現在の契約期間を終えたら契約を更新しないことを賛成多数で決定しました。

 あるマンション住民は、「調べれば調べるほど、電磁波にはグレーな部分があることがわかったし、実際に健康被害も起きている。個人的には健康を最優先すべきだと考えているので、撤去ができて良かった」と話しました。           深刻な症状に苦しんできた周辺住民は、「やっと安心して過ごせるようになるのは嬉しい。この地域にまた設置されないよう、町内全体で注意していきたい」としました(※6)。

 最後に、わが国では、電磁波による健康被害や恐れを理由に基地局の撤去や建設中止を求める訴訟は、これまで幾度も提起されていますが、原告側が勝訴した例はありません。
今回の判例においても、基地局設置の決議要件は、4分の3以上【特別決議】ではなく、過半数【普通決議】で足りると示されました。

また、札幌高裁は、電磁波の発生による健康被害が生ずるという主張は、漠然とした不安感にすぎず、社会通念上の受忍限度内であるとして、管理組合の主張を退けました。
通信インフラの整備という公益的要請を重視するのが、政府及び司法の意向であることがうかがえます。

※1)携帯大手の基地局のアンテナが、5階建て以上のマンション屋上など好立地を占めるのに対し、楽天の基地局は3~4階建ての低層マンションがほとんどです。基地局は設置場所が高いほど、遠くまで電波を飛ばせます。後発の楽天は苦労しつつ、基地局を増やしている様子がうかがえます。

※2)ちなみに、マンションの屋上に携帯基地局のアンテナを設置する収入、駐車場・駐輪場を組合員以外に賃貸する収入、自動販売機の収入など、管理組合が外部から収入を得ている場合には、収益事業として課税され税務申告をする必要が出てきます。
しかし、その義務を怠り、申告をしないでいると、無申告加算税や延滞税などのペナルティが生じます。あなたが住むマンション管理組合は大丈夫?

※3)「週刊金曜日オンライン3月28日号」より

※4)国交省が報道発表した平成30年度のマンション総合調査によると、修繕積立金が不足しているマンションの割合は34.8%で、長期修繕計画に対して20%超の不足となっているマンションの割合は15.5%となっています。
また、同調査で管理費・修繕費の滞納戸数の割合は、築9年を超えてくると2割以上、築29年を超えると3割以上となっています。

※5)世界保健機関(WHO)が公表したファクトシート№304(基地局および無線技術)によれば「基地局および無線ネットワークからの弱いRF信号が健康への有害な影響を起こすという説得力のある科学的証拠はありません。」 と結論付けられています。電磁波との因果関係に「科学的根拠はない」と述べている一方で、EHS(Electromagnetic Hypersensitivity、電磁波過敏症)の用語を用い、彼らの日常生活に支障をきたす症状群を「確かに存在する」と認めています。
ヨーロッパなどの諸外国と比較すると、日本は基地局の電波の安全基準が極端に甘いという指摘もあります。

※6)「週刊金曜日オンライン3月28日号」より

札幌高裁平成21年2月27日判決
[参考文献]
石田剛『マンション判例百選』98頁

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