白いハイネックの男
20代前半、口を開けば「彼氏が欲しい!」と嘆いていた私に、優しい後輩が一人の男性を紹介してくれた。
名前も覚えていないほどだが、特徴である”白のハイネック”だけは記憶に強く残っているのでハイネックさんと呼ぶことにする。
ハイネックさんは確か2歳ほど年上の方で、メールをし始めて間もなく「ごはん行きませんか?」と誘っていただいた。
”知人からの紹介”で”恋人を欲している人”なのだから、お互い話は早いのだろう。
ちまちまとメールやなんやでやり取りするよりとっとと会うほうが手っ取り早い。
私はすぐにOKし、数日後に一緒に焼肉を食べに行くことになった。
当日、ハイネックさんは私の自宅の近所まで迎えに来てくれた。
白い車がゆっくりと近づいてきて、「あ、この車かな?」と気づいた。
中を覗くとなにやらゴツめの角刈りの男が乗っていた。
中途半端な白いハイネックの服を着ている。
この時点で私の中の試合終了のゴングが鳴った。
さて、逃げるわけにもいかないのでここからはいかにしてこの後の時間を切り抜けるかの勝負だ。
私は徹底して「嫌われる振舞」を心掛けることにした。
意を決して助手席側に回りドアを開け、お互い挨拶を交わし車に乗り込んだ。
座席の傾きがすごい。
パラマウントベッド?
ほぼ寝てるかのような姿勢だ。
思いっきり寄りかかるのが正解なのか、背もたれを使わず姿勢を正すのが正解なのかわからないまま、とりあえず一番中途半端で腹筋が鍛えられそうな姿勢をキープした。
頭がもたれかかる部分(ヘッドレストと呼ぶらしい)もなかった。
もはや修行だった。
約束していた焼肉屋に着いた。
焼肉を食べている最中私はずっと自分語りを続けていた。
これが作戦1だ。
聞かれてもいないのに自分のことを語る。
よほどおもしろい話でなければ、男女共に嫌われやすい行為となるだろう。
おまけに私が話した話題は、自分がメンヘラであることの紹介だった。
その頃の私は心療内科に通い、精神安定剤を服用し、よもや過呼吸を定期的に起こすというメンヘラコンプを成し遂げていた時期だった。
これを全て包み隠さず話すことによって「めんどくせぇ女だな」と思わせることが作戦その2だ。
自分語り+メンヘラアピールのコンボを繰り出し、私は大いに満足していた。
するとハイネックさんは
「俺の元カノも病院通ってたし、ひどいときリスカとかしてたから気持ちわかるよ」
想定外。
ハイネックさんはメンヘラに免疫があるタイプの男だった。
とは言えまぁわざわざまたメンヘラを選ぶこともないだろう。
というか、好きになられる要素もないし、これ以上発展することはないはずだろうと推測した。
相手もなんだか過去の恋愛について語っていたが、全くと言っていいほど私の記憶には残っていない。ことごとく聞き流していた。
焼肉屋を出て、再び腹筋を鍛える車に乗り込んだ。
これ以上の作戦が思いついていなかったので、とにかく目を合わせないように窓の外ばかりを見つめていた。
ハイネックさんは
「俺ほんと元カノが束縛とかすごくて、そういうの理解あるから」
「俺全然重いのとか平気だし」
「俺そういうの支える自信あるから」
と言い、
「このあとどうする?」
と窓の外を見つめる私に伺ってきた。
なんだか「俺お前みたいな女、大丈夫だから」とかアピールしてるけど、完全なる私の作戦失敗。
「こんな私だけど、いいかな…?」
みたいに捉えられちゃってる。
「このあと、どうする?」じゃねぇ。
帰る。
一刻も早く帰らせて欲しい。
窓の外見つめちゃってる時点でその気がないのに気づいてくれやしないものか。
どうもくそも帰る一択なのだが、なんと言って断ろうか困惑していた。
それもそのはず、時間はまだ20時だから。
ワンチャン帰るという選択をしてもおかしくない時間なので
「明日早いから帰るね!」
そう言ってこの後の全ての可能性を潰すことした。
ちなみにその頃の私の仕事は10時に起きれば間に合うので全然明日は早くない。
ハイネックさんは
「え?帰る?そっか…」
と残念そうにしていた。
自宅付近に着いたところで降りると伝えると
「家どこ?すぐ近くまで行くよ」
と言われたので丁重にお断りした。
車がいなくなったのを見届け、帰宅した。
家に帰ると早速メールが届いていたが、とりあえず無視することにした。
次の日後輩に「どうでした?」と聞かれたが、ゴツめの角刈りハイネックだったことを説明したら、「それは…仕方ないですね」と言って全てを察してくれた。
3日ほど連続でメールが来ていたが、全て無視をした。
4日目辺りで「俺って恋愛対象に入らないかな?」と来ていたので「そうですね、すみません」とだけ返信し、そこからパッタリと連絡が途絶えた。
今考えればずいぶんひどい対応だったなと思うが、余計な期待をさせなくてよかったなとも思う。
ハイネックさんが私のどこを気に入ったのかは未だ謎だが、メンヘラ好きというのは一定数いるのだな思う。
以前書いた記事の偽東方神起の回でもそうだが、私はその後のない男性に焼肉をおごってもらう癖があるのだろうか。
肉に罪はないのでそこだけは美味しく頂くが。
唯一この回を通して学んだとことと言えば
「嫌われたければいっそ鼻くそでもほじったらいい」
という極論くらいだろう。
さすがに初対面で鼻くそをほじる女性に惚れる人はいないはずだ。