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【若手社員が勝手に"イケてる企業のC.I.を切る"!】 「第89回:株式会社 金剛組」

今日は 若手社員の私が、成長している企業のC.I.を紹介します。なんと飛鳥時代の578年に創業し、今でも営業を行う世界最古の老舗企業です。
第89回は、聖徳太子が百済から招いた三人の工匠の一人、「金剛 重光」により創業されて以来、社寺建築を手がける宮大工会社として活躍している「株式会社 金剛組」です。

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【企業概要】
*「金剛組」は、世界最古の建設会社です。聖徳太子が招聘した宮大工が578年(飛鳥時代)に創業した世界最古の企業です。本社は「大阪」に構え、売上「約30億円」となっています。創業から1955年の法人化を挟んで2005年まで金剛一族が経営してきましたが、2006年11月より髙松建設(現・髙松コンストラクショングループ)の子会社へ移行しました。特徴は、従業員の殆どが「宮大工」という点で、日本のお寺などの木造建築物を中心に、建設や維持などを行なっています。

【企業沿革】
*創業が578年なので、1400年以上も続いている凄い企業です。
ここからは 歴史を振り返ります。金剛家によると、「聖徳太子」は四天王寺を建立するため578年に朝鮮半島の百済から「金剛」「早水」「永路」という3人の工匠を日本に招聘しました。その一人「金剛」が「金剛組」初代の「金剛 重光」です。当時の日本には本格的な寺院を建築できる技術者がいなかった為、仏教の先進国であった百済から技術者を呼び寄せたのです。四天王寺は日本初の官立寺院です。538年の仏教伝来から それほど年月が経過していないころであり、豪族が趣味で建立した寺院はあっても、国家事業として寺院が建てられるのは初めてのことでした。
五重塔や金堂といった四天王寺の主要部分が完成したのが593年です。寺院建築の技術者はとても貴重な存在だった為、その後「早水」と「永路」はそれぞれ大和(奈良県)と山城(京都府)へ移住して、様々な寺院の建立に貢献しました。現存する世界最古の木造建築である「法隆寺」の創建にも関与したという説がありますが、「早水」と「永路」のその後に関する記録は残っていません。一方、「金剛 重光」は四天王寺を護ることを命じられ、その子孫は四天王寺の宮大工として1400年以上歩み続けることになります。金剛家の当主は代々、四天王寺から「正大工職(お抱え大工)」という称号を賜り、現在はなんと41代目に当たります。1400年間には、天災や戦災に見舞われることが多く、五重塔だけでも7回の焼失や倒壊があり、現在の五重塔は8代目になります。

*近代になると「金剛組」は、1955(昭和30)年に株式会社化しました。代表取締役社長の「よしゑ氏」が資金管理を、専務の「利隆氏」が現場管理を担当した。この頃は組織だけでなく、工法にも大きな変化がありました。戦後は火災対策が重視され、神社仏閣でも鉄筋コンクリート建築が流行したのです。「金剛組」もコンクリート施工を開始し、1954(昭和29)年には四天王寺の南鐘堂を手掛けました。鉄筋コンクリート工法でも、日本建築の優美さや木の暖かみを損なわない独自の工法を開発したのです。近代的な組織となった「金剛組」は、コンクリートを活用した新工法を持ったことで、拡大路線に舵を切ります。マンションや老人ホーム、阪神・淡路大震災の復旧工事なども手掛け、1990年代後半には売上高の6〜7割が、創業以来行っていた社寺建築ではなく、コンクリート建築となりました。
「金剛組」は成長路線を走り続けましたが、売上高は1999年の130億円をピークに徐々に低下していくことになります。「利隆氏」は業績悪化の原因を、「不得手な分野に手を出してしまったからだ」と述べています。木造の社寺と、コンクリートの一般建築では工期設定、コスト管理、営業手法がまったく異なるが、「金剛組」は木造社寺を建築する感覚のまま、コンクリート建築を行っていたのです。コンクリート建築の分野では大手ゼネコンがライバルになります。「金剛組」は大手ゼネコンと同品質の建物を作ることはできても、仕入れ価格や工事費の競争では勝つことはできなかったのです。赤字工事が多く借金が膨れあがりました。役員給与はもちろん、社員のボーナス、給与をカットしたあげく2004年には希望退職を募らなくてはならない状況に追い込まれてしまいました。そんな中、2005年に東証1部上場の中堅ゼネコン「髙松建設」が支援の手を差し伸べてくれました。「金剛組」と「髙松建設」はどちらも大阪が地盤であり、メインバンクが「りそな銀行」でした。なんと「りそな銀行」が、「髙松建設」に「金剛組」の救済を頼んだところ、当時の「髙松 孝育会長」が「金剛組を潰したら大阪の恥や」と応じたのだったのです。
そして 2006年1月、「金剛組」は 宮大工との関係もすべて維持したうえで新たなスタートを切りました。今では、世界最古の企業として、木造の社寺の建設に特化して、日本文化の興隆に携わった誇りを胸に、企業活動を行なっています。


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それでは ここで、「株式会社 金剛組」の、"イケてるC.I."の一部を紹介します。
【企業哲学】
「儒・仏・神・三教の考えをよく 考えよ」
◯修行に励め
◯人を敬い、言葉に気をつけよ
◯誰とでも丁寧に接しなさい
◯入札 は正直な見積もりを提出せよ
◯家名を大切に相続せよ


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【若手なりの成長理由 分析】
ここからは、若手なりに「株式会社 虎屋」の成長理由を、仮説ですが "3つ"上げさせて頂きます。
先ず、結論からいうと…
◆1.「強みにリソースを集中させた点!」
◆2.「『美味しいものを作ること』以外は、全て変えて良いという柔軟性を大事にしている点!」
◆3.「敢えて、儲ける視点を忘れて、永く続く思想を取り入れ続けてきたこと!」
の"3つ"です。それでは、1つずつ見ていきます。


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◆1.「強みにリソースを集中させた点!」
*「金剛組」が大事にしている事は、無理をして対象のマーケット・事業の範囲を広げず、意識的に「自分の強い分野はどこなのか」を見定めて、そこに資源を集中することです。中小企業は お金も人も莫大になくても、限られた事業範囲に集中すれば、相対的には強いということです。限られたマーケットでシェアを維持する方が、ビジネスとして手堅く、リスクにも強くなります。先に述べた通り、世界で一番古い企業と言われている「金剛組」ですが、2006年に危機を迎え、今は「髙松建設」の完全子会社として続いています。この危機の原因となったのは、ずっと木造建築で手堅くやってきたところを、鉄筋コンクリートにも手を広げたということなのです。「金剛組」の お客さまはお寺さんになりますが、時流の変化とともに、コンクリート化に対応せざるを得ませんでした。これだけならよかったものの、「せっかく鉄筋コンクリートの技術があるんだから、それを活かしてマンションに進出しよう」という発想になってしまったのです。しかし マンション建設を行なっている建築会社は沢山あります。そこに突っ込んだことで、強みのない土俵で戦ってしまい、10年間で厳しい状況になってしまいました。
この経験から、金剛組」では、自分の強みと弱みを知って、強いものを強いマーケットに集中することを徹底しています。因みに 今では木造建築に集中し、木材の年輪などからその木が育った場所などを推測して木の“癖”を見抜き、様々な癖をもつ木材を組み合わせることで建物全体の強度を上げていくなど、横展開ではなく、縦の深度を深める研究を行なっています。


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◆2.「親方制度を取り入れ、長い歴史に裏つけされた技術を今に継承している点!」
*「金剛組」の技能面で大きいのは職人集団の存在です。「金剛組」では社外の専属の宮大工を複数抱え、 技能組織としていくつもの組に分かれています。戦後間もなくは4組だったが、現在は8組になっています。複数の職人集団を持つことによって組同士に競争意識が働き、技術が高まった面があります。長くこうした形を続けてきたことが、「金剛組」内の宮大工の競争力の源泉になっているのです。一方で8組は作業現場では一緒になるため、技術交流は自然と進んできました。基本的に、8組の棟梁はお互いに職人を応援に出したり受け入れたりしながら、「金剛組」の仕事を行っています。このように「金剛組」の強みは、専属の宮大工がいることなのです。現在、宮大工は、大阪に6組、東京に2組mp総勢110人前後、1組3人~20人で構成されています。
*また 釘などの金物に頼らず、接木を行うなど、伝統的な技法を駆使する宮大工は、大工を志す者にとっては花形の仕事と言えます。その為、若者の宮大工志願は多くいます。技術は徒弟制度のなかで、親方から弟子に口伝されるのが一般的で、一度 弟子を取った親方は、生涯かけてその弟子の面倒を見ていき、強い絆が生まれます。宮大工は自分たちの仕事に誇りを持っており、決して手を抜くことはありません。現在「金剛組」で最も腕のよい宮大工は、ティッシュペーパー1枚の厚さが約20ミクロンであるのに対し、約6ミクロンで木を削っています。「金剛組」の宮大工は、親方制度を取り入れ、長い経験と歴史に歌づけされた技術を今に継承し、一寸の狂いもないほど正確な仕事を行っているのが、「金剛組」の1番の強みです。


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◆3.「敢えて、儲ける視点を忘れて、永く続く思想を取り入れ続けてきたこと!」
*「金剛組」は、神社や寺の奉納に携わる仕事であり、「神仏に仕える」という精神が先にあるため、「儲けすぎない」「手を抜かない」という心構えが根強く残っている。その為、営利に走りイノベーションばかりを追求するのではなく、昔から変わらないことを、ずっとやり続ける普遍性を大事にしています。1000年企業の稼業である、華道、仏壇、和菓子、温泉などは、時が経っても変わらない、昔ながらの手法を守り続けていることが殆どです。「金剛組」が行う社寺建築の様式も、和洋・大仏様・禅宗様・折衷様の4パターンで、その時々の時代背景により変化している一方で、軒の反りや曲線、彫刻などの伝統美は変わっていません。「イノベーションを行わないことには、企業は生き残れない」と頻繁に言われる一方で、世界でも類を見ない1000年企業の多くが、確かな手法を伝統的に守り続けていることが殆どであり、「金剛組」ではこのことをとても大切にしています。
*そして、神社や寺の奉納に携わる仕事でありながら、儲け過ぎてしまうと、本業が馬鹿らしくなる恐れがあります。その結果、他の事業に手を出して、本業を真面目にやるということが難しくなってしまうのが、経営に失敗してしまう伝統企業の末路です。勿論 赤字になっても本業は続けられない為、儲けなくていいということではないにしても、ほどほどの利益を生んできたことが、「金剛組」が永く続いてきた大きな理由の一つです。


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◎と言うことで…
*「金剛組」について調べてきましたが、何より聖徳太子の時代に創られた会社が現在もあることに驚きました。派手さはない企業ですが、永く続く企業の秘訣が隠されていると思います。あまりにも普遍的すぎて、一見、地味に見える様なことばかりでしたが、これこそ老舗企業の本質なのだと思います。今の時代は、参拝や法要が減っていて、葬式を簡素化する動きもあり、社寺の工事を先延ばしするケースも出てきていまっているようです。更に 今回のコロナウイルスのこともあり、大変苦しい時期にあると想像します。それでも 日本の伝統を守り続けるために、地味に活動されている「金剛組」に、老舗企業としてのプライドと、かっこよさを感じます。今回初めて知った企業ですが、本当に応援したくなる企業となりました!
また 今後ぶつかる壁は、宮大工の人材不足だと思います。その点で、ぜひ「金剛組」にやって頂きたいことは、「宮大工の育成アカデミー」を設立することです。宮大工の技術、技法を真摯に学び、更に高度な技術を生み出し、「金剛組」の繁栄だけではなく、日本の伝統文化を引き継ぐ若い宮大工を育成することこそが、本当の「金剛組」さんが理想とする姿だと思います。本当に適当なことを言ってしまって、申し訳ございません。。。
◯それでは 最後に、C.I.について、若手なりに一言いわせて頂くと…
本当に力強い言葉が並んでいて、1400年以上も続き、伝統を大切にされている「金剛組」さんらしいC.I.だと思いました。中々 このような力強い言葉をそのまま使われている企業はないかと思います。
ただ 敢えて、若手の私から一言いわせて頂くとしたら、もう少し柔らかく表現してもいいのかなと感じました。今直面している壁は、やはり採用の面だと思います。出来るだけ若い人に入社して貰って、永く働いて貰うためにも、若者を意識した、もう少しカジュアルな言葉で表現すると、より 愛着を持ってくれる人が増えるかと思います。勿論 このような老舗企業のC.I.を変えるのは、並大抵のことではないかと思いますが、一度 検討してみることをお勧めします。
本当に生意気なことを言ってしまって、申し訳ございません。。。
また 出来れば、あくまで参考程度にですが、コンカンが提唱するC.I.と、御社のC.I.を、一度 照らし合わせて頂けると有り難いです。
*concanが考えるC.I.とは?
https://www.concan.co.jp/post/topics-ci
長くなりましたが、以上です。

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