絵は降りてこないけれど…。
「どうやって描くもの決めるんですかー?降りてくるんですか?」
先日、そんなことを聞かれた。
“絵が降りてくる”
残念ながら、凡人の私にそんなことは滅多に起きない。いや、私だって日本人なのだ。きっと先祖代々ずーっと遡って、親戚の親戚の親戚とかまでぐるっと回ったら、きっと卑弥呼か誰かそこら辺のシャーマンたちに辿り着くだろう。だから、もしかしたら、“降りてくる”、こともあるのかも知れない。
でもさ、今月はもう本当にボロボロ過ぎた。ワンオペで息子と同時発熱したら、翌日は娘まで熱を出す。(娘は暑さにのぼせただけだった様ですぐに下がったけど)私の熱は38度くらいだったから、「まぁ、動けるなー」と、15分〜1時間毎に1回起きる新生児のような息子を、産後の身体でボロボロとケアする感覚で夜な夜な看病を繰り返した。買い出しや病院などなども、ヘロヘロと動いてしまった。そしたら、夫が帰ってくる日に、うっかり39度まで上がってしまい、「あー、しまった、動けるうちに誰かに助けてもらうんだった」と大反省。。。
それも束の間、、、翌週は、病み上がりでぼーっとしながらも、娘のスクールのイベントでいつもより遠くへの送迎やら、今度は中耳炎になった息子のケアやら、もろもろ、なんとなくこなす。週末には娘のスクールの地引網に元気よく参加して、息子と海で泳いだ。そしたら、がっつり副鼻腔炎になってしまい、またしても38度に逆戻り。運よく三連休だったので休みの間に微熱まで戻し、やっぱり翌週もワンオペで家事育児を回し、またしても娘のスクールのイベントで福岡市内まで高速使って車で送ったり、苦手な運転も夫がいないからやるしかなかった日々だった。
今月は平日の半分以上、夫が出張してた上に、息子と共に同時発熱を繰り返し、更には娘が通う二つのスクールでは夏のイベントオンパレードで稼働が増えたから、ちょっとしんどかったのだ。ぷしゅー。本当にボロボロで、ほぼ毎日何かしら更新していたSNSからも少し遠ざかり気味であった。
生きているだけで精一杯だぜ。
絵なんて降りてくる余裕なかったよ…!!笑
でもね、地引網に参加したり、息子と海で泳いだり、海に触れていると描きたいものが自然と出てくる。地引網で捕まえた、イカやコノシロ、アジをふわっと描いた。海辺のイベントに出演し、サンセットの中でライブペインティングしたら、気付いたらキャンバスの中に夕陽が生まれたりもした。
ふわっと絵が降りてくることはない。だけど、必死で生きている日々の中、出会ったものたちの中に、描きたいものは自然と現れるのである。特別なものではなくて、本当に日々、美味しく食べている魚とか、夏の色鮮やかな野菜たちとか、子どもたちと一緒に捕まえたカナヘビやトカゲとか、日常の中で触れ合っているものの中に、私の描きたいものは在る。
絵は降りてこないけど、毎日、いろんなことが起きる。私が絵を描いていると、息子が様々な手を加えてくることもある。そうやって、他の色が混ざることで、絵の方向性が新たに拡がることもある。海辺でのイベントもギターに合わせてライブペインティングしていたら、フリースタイルラップとか、息子のドラムとか、他の方のギターやドラムとか、どんどんいろんな人が飛び入りで参加してセッションとなり、私の絵の中にも新たな色の響きが生まれた。
絵は降りてこないけど、いろんな人との関わりの中で、新たな着想がどんどん生まれることはる。一度描いた絵を破いて貼り合わせて制作するコラージュ作品の原画の一部は、自分が制作中に残した絵の具、ワークショップに参加したお客様が残した絵の具、子どもたちが残した絵の具、という残した絵の具ばかりで描いているものもある。その絵のために自分が選んだ色ではない。でも、その制約の中で、自分の意志とは関係ない世界が繰り広げられたりする。私はそんな時間がとても好きである。
絵は降りてこないけど、日々の出来事や出会った人々との時間の中で、無邪気に遊ぶ事はできる。それをひたすら積み重ねて、組み合わせて、大きな絵が完成していく。私一人では描けない絵が生まれていく。私は描くものを決めたり、全くしていないのかも知れないなぁ。
そんなこんなで、8月に東京で出展するイベントまで後10日…!今回は“糸島の海”をテーマに夏らしい作品をお届けする予定です。お時間がある方、是非とも、糸島の風を浴びにいらしてくださいませ◎